カラオケデート 日曜日、久しぶりに大きな仕事もなくて穏やかな時間を過ごせることになった僕たちは、せっかくだから普段は閉じこもってばかりだし外にでようよ、と。 買い物に出かけてみることにした。 なんとなくウィンドウショッピングをして何を買うでもなく歩いたあと、適当に入ったレストランで昼食を取っていた。 公共の場で、守秘義務が大量に盛り込まれた仕事の話なんてできないし(それ以前にそもそも御剣に対して話せないけど)、かといって恋人同士のような話題を振るわけにもいかない。 後者は僕はするつもりがなくても気を抜くと御剣は甘い言葉を吐きだしたりするから危険だけど。 そんなわけで食事を済ませた僕たちは待っている人たちの視線の後押しもあって、そそくさと店をあとにしたのだけれど。 外へ出て一歩で、後悔した。 店に入るまでは薄曇りだった空は、いつの間にかどす黒い色に染まり、ポツポツと無視のできない大きさの粒がアスファルトの色を変えていた。 「わ、どうしよう……傘なんて持ってきてないよ」 どこかで雨宿りしたいけど、食事時の飲食店はどこも混雑していて、店の軒先にすら入れそうにない。 「……最寄りの駅までは走ってもそれなりにかかる。着く頃にはびしょぬれだろうな」 「だよねぇ……ん?あれって」 こういう時に限って車じゃなく電車を使っていたなんてついてないなぁと思いながら、何気なく視線を動かすと。数十メートル離れたところに「カラオケ」と書かれた看板があった。そっか、カラオケなら時間も潰せるからその間に雨もやむかもしれない。 「御剣、カラオケいかない?」 「カラオケ……とは、なんだ?」 え、カラオケ知らないの!? 驚きつつも、まぁ御剣は学生時代からずっと検事になるために狩魔に師事してきたわけだし、普通の若者が行くような遊びなんてしたことがなくても不思議じゃない。 こいつなら何でもありだよなぁと、浮世離れした容貌の恋人に思う。 「歌うとこ、だよ」 端的に答えれば、きょとんとした顔が返ってくる。 その表情が可笑しくて、手をぐっと引くと「言ってみようよ!何でも経験だし」軽く言って、僕は御剣を人生初となる彼にとっては恐らく【異空間】な世界へ連れ込んだ。 個室に入ると御剣は他人の家に入りこんでしまった猫か何かのように、ちょっとだけおかしなテンションできょろきょろと周囲を見渡したり、CMを流すモニターにびくっと反応したりしていた。 笑ったら怒るだろうな。 こみ上げるくすぐったさを堪えながらソファに座るように促した。デンモクを取り上げてポチポチとそう差すると、目をぱちぱちしながら注視してきた。 「何をしているのだ?」 「んー?これは、こうやってこうやって、んで曲を入れるの」 「曲を……入れる?」 どうやら本当に世間知らずな御剣は、いれる、っていう意味が分からないみたいだけど。説明するよりもやった方が早いや。 直ぐにモニターに映し出されたPVと流れるメロディ。ついて行けていない御剣の前でマイクを握ると、すぅっと息を吸い込んだ。 「Spark!」 最近公開された映画の主題歌を、テンポの良さに気分を乗せて叫ぶように歌う。茫然とする御剣に見せ付ける。勢いのまま、最後まで歌ってからドヤ顔を向けた。 「どう?結構上手いだろ?」 歌手みたいに、とは言わないけど。まぁ音痴と言われたことはない。 初めてだっていうからその辺普通のレベルは理解していないだろうし、はしゃいだ内心をからかうような態度で誤魔化して笑う。 でも、そんな僕の繊細な行動なんて、御剣にかかればなんの意味もないのだ。 「……すまないが、今の曲はなんなのだろうか」 「……うん、そうだよね」 この男が最近のヒットチャートなんて把握しているはずもないか。なんでもないよと言葉では言いながらほんとはがっくり。唇を拗ねた気分のままに尖らせた。 ちぇ、でも僕だけ恥ずかしくなるってのは、ずるいよね? 「お前も何か歌えよ。今のみてて、流れは分かったろ?」 デンモクヲ御剣に渡しても、手は動こうとしない。途方に暮れた目を向けてくるから、仕方なくため息をついて隣に座る。 デンモクをぽちぽちと操作しながら問いかけた。 「何か知ってる曲とかないの?昔の曲とかでもいいしさぁ……」 言いながら何となしにりれき一覧をクリックして順に流していく。覗き込んではいるものの、御剣に反応はなかなかなかった。うわぁ、これもしかして、本気で全く歌えないパターン?と思ったその時。 「ム!」 僅かに漏れた声。 お!ようやく知っている曲があったのか?何の曲かなぁと思って手元に視線を下ろす。――そこにあったのは、あの、大江戸を暴れまくるシュールなヒーローの曲、だった。 なるほど、ね。まぁ、ちょっとイメージ的には合わないし、オタクだけど。いいよ、今更ぼくは引かないし。 ポチポチ……よし、送信完了っと! 流れだす和風を気取ったメロディ。ぴくっと肩を揺らす御剣。 目が、うろうろしはじめる。 「ハイ、これ」 マイクを渡すと、僕とマイクとモニターをかわるがわるに見つめる。 視線で促してやると、ほんのりと目元を赤くしながら。こほん、と小さく咳払いを舌。 すぅっと息を吸い込む。まぁ、ネタ曲みたいなものだけど、こいつが歌えば案外カッコイイ曲に…… 「かいぞうぎじゅつのふるきずが〜」 「……は?」 目が点。茫然。ハトが豆鉄砲を食らったような顔。多分、そんな表現が似合うような顔をしているんだと思う。 「がぜんヒーローだ トノサマン Fly Hight!」 目の前では段々気分がノってきたのか、気持ちよさそうになり始めた御剣。 キラキラした目は子供みたいだし、イイ笑顔は無駄にカッコイイ。カッコ、イイのに…… (何こいつ……信じられないくらい、ド下手!!!) 何度も録画したものを見させられていたせいで、僕だってソラで歌えるくらいなのに!! ぜんっぜん、何の曲かわからない! だめだ、笑ったら……笑ったら…… 「……ぷ。ふく、くく、あは、あっはっはっはっは…!!」 結局抑えきれず口からは大音量の笑いが漏れる。 「お、お前……ギャップありすぎ!!……トノサマンだけどもアレなのに、そんな、カッコイイ顔して、カッコイイ声で、そんな歌とか……!!」 ぶはは、ともう押さえることができなくなった笑いが漏れる。 最初はきょとんとしていた御剣も、次第に僕の心情を理解したのか、ぐっと唇を噛むと、ふるふると震えだした。 僕はそんな御剣の変化に気付かず、腹を抱えて大爆笑していただけれど…… ガン! スイッチの入ったままのマイクが、激しく音を立ててテーブルに叩きつけられる。 法廷の木槌よりも大きな音が耳を乱暴に侵した。はっと我に返って怒りに赤くなった御剣がギロリときつい目で僕を見ていた。 うわ、不味いぞこれ…… 「いくぞ、成歩堂」 「え、ちょ、ちょっと……」 まだ一曲ずつしか歌っていないのに、御剣は僕の手を掴むと強引に部屋を出る。 乱暴に支払いを済ませると、茫然とした店員が声を掛けてくる間もなく雨の中に飛び出す。 さっと手を上げて通り掛ったタクシーを止める。 「御剣!」 慌てて叫んだけど無視されて、車内へ押し込められる。 低音で告げられたのは御剣のマンションの住所。 え?え? ついていけない僕にニヤリとあくどい笑みを浮かべた御剣が。すっと顔を寄せて耳元に囁いてきた。 「君がカッコイイと言ってくれた顔と声を、もっと楽しんでもらおうと思ってな」 自分のうかつさを後悔させてやるから、覚悟したまえ。 そう続いた声が声が秘める熱さと黒さに、本格的に失敗してしまったことを悟る。 久しぶりの休日デートは途中でキャンセル。 どうやら、ここからずっと閉じ切った部屋での時間に塗り替えられることになりそうだった。 Fin. オフ会にてスケブタイムに即興で書かせていただいたSSになります。 狼一さんへ捧げさせていただきましたv 2012/07/16 パセラにて |