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□たなばたの願
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成歩堂法律事務所の入口、以前はなかったような気がする、そして法律事務所にはあまりそぐわない気がする物を発見して、御剣は首を傾げた。

「これは……なんだ?」
「何って、七夕の笹飾りじゃないか。まさか御剣知らない?」
「それくらい知っている!そうではなく、なぜこんなものがここにあるのだ?」

海外研修からほぼ一年ぶりに戻ってきたその足で、事務所へとやってきたのだのだが、予め電話を入れておいたこともあり、真宵も既に帰っている。
夕暮れの赤い光に満ちた事務所の中、節電のために空いた窓から吹き込む微かな風に揺れる笹が、さらさらと涼しげな音を立てていた。

「真宵ちゃんがさ、春美ちゃんと飾って行ったんだよ。綾里の方だとなかなかこういうのって出来ないみたいだからさ」

厳しく躾けられている二人にはあまり遊びにかける余裕が許されていない。
その分成歩堂の所に来る時には年相応の甘えと我儘を見せていた。

「なるほどな……それにしても随分大量に願いごとを書いたようではないか」

目についた幾つかをなんとなく読み上げる。

「トノサマンまんじゅうがたべたい、ワカサマンDVDが欲しい、味噌ラーメン一年分……随分と偏ったというか、これはプレゼントの催促なのでは?」
「だよねぇ……なんか視線が痛くってさ。願いを叶えるのは織姫と彦星じゃなくってもいいんだよ?とか勝手なこと言ってたよ」

苦笑を漏らす成歩堂。既にたかられた後らしい。
一応、真宵さまが立派な家もとになられますように、とか、はみちゃんが笑顔でいてくれますように、という可愛らしい願いごともある。

「成歩堂君がたまにはギリギリ崖っぷちじゃない裁判ができますように、は貴様が叶えてやるべきなのではないか?」
「う、そ、そうかもしれなけど。そもそも依頼人が依頼人だしなぁ……」

苦笑いで誤魔化そうとする成歩堂を見て、未だにそんな依頼ばかりなのかと御剣は溜息を漏らす。既に知名度も実力も備わってきたのだから、仕事を選ぶこともより大きな仕事が舞い込むこともあるだろうに。
それでも成歩堂は、真実を闇に葬られようとしている依頼人のためにこそ、心血を注ぐのだろうが。
少し、焼けるかもしれない。
自分以外の人間が成歩堂の心の中を一時的とはいえ大きく占領することを考えるとそんな風にも思ってしまうのだが。
と――
御剣はとあることに気付いて首を傾げた

「君のものは?」
「え?」
「君が願いを書いた短冊はないのか?」

笹に下がっているのは全て、真宵と春美の署名がしてある。
成歩堂龍一の文字はどこを探してもない。

「あー、うん。僕はいいやって」
「何故だ?確かに叶わないとは思うが……いくら現実主義の君とは言え行事くらい参加してもよかろう」

冷めた顔で、そんなの叶わないよ。というのは矢張などを相手にした場合だろう。
真宵は微妙だが、春美相手に言えるほど鬼だとは思わない。

「違くてさ……ほら、織姫と彦星って一年に一度しか会えないわけだろ?」
「まぁ、そうだな」

故事の上では確かにそうだろう。
意外なことに、物語の否定ではなく肯定から入った成歩堂に少し驚く。

「で、さ。僕らは……リアルに、そうじゃないか」

言われて御剣ははっとした。
確かに、世間一般の甘い話などでは「一年に一度なんて耐えられない」なんて歯の浮くような現実離れした台詞を聞くこともあるが。海外研修に忙しい御剣は、本当に年に一度とまではいかなくとも数カ月に一度帰ってくるのがやっとな状態だ。
今回の逢瀬も、前回はたしか寒い時期だったとしか覚えていない。

「すまない、君には寂しい思いをさせて」
「それはしょうがないよ。君の目指すものを叶えるには、どうしたって必要なことだし。それに、メールや電話だったらしょっちゅうしてるしね」

連絡もなく一年を過ごしたあの時に比べればとは言わないが、今は幸せなんだと成歩堂は微笑む。
ありがたいやら、寂しいやら。複雑な心持になった。
しかし、ふとこの話題の開始点を思い出して首をひねる。

「しかしそれが七夕とどう関係があるのだ」
「僕らがそうだから、判るんだよね。一年に一度しか会えないのにさ――」

そこで成歩堂は言葉を一旦切り。
いきなりきゅっと手を伸ばして御剣の腕をつかんだかと思うと体を寄せる。
厚い胸板に体を預けるようにして抱きついた。

「な、成歩堂!?」

慌てふためく御剣の温かさを感じながらすりすりと顔を寄せる。

「久しぶりに逢えたなら――こうやって相手を感じるのに精いっぱいで。他の誰かの事なんてみてられないよ。だから、僕は願いとかいらない」
「……熱い告白だな」
「まぁね。――もういいからさ、早く御剣が欲しいな」

そう、短冊に書き記せなかった願いを言葉にすれば。
飛行機に乗ってやってきた恋人は嬉しそうに微笑む。



空を見上げることなく、地上の恋人たちは久方ぶりの逢瀬に愛を交わした






Fin.




ぎりぎり!七夕SSになります。
なんかテンプレみたいになっちゃいましたが;
読んでいただいてありがとうございました!

※台詞のみ簡易版をTwitterで投稿しました



2012/07/07 UP



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