御剣の執務室にあるカレンダーは、ごくシンプルだ。 日付とその下に書き込む小さなメモ欄、絵柄はほとんどなく。書き込みも公判の日程くらいしかない。 でも……それはあくまでも公的な、カレンダー。 彼のプライベートが記入された手帳は、打って変わって書き込みが大量だ。 別に僕が、嫉妬深い彼女よろしくチェックしたわけではない。 ただ会った日は必ず、寝る前に間の何処かの時間で御剣が手帳に向かって書き込みをしているから、気になって聞いてみたんだ。 「そんなに何を書きこむことがあるんだ?日記でも付けてるの?」 まめな性格だから、まぁそんなこともあるかなって。 でも――御剣はきょとりとした顔で首を左右に振る。じゃぁどうしたのかなって気になるのは自然の流れだよね?教えてくれなくても別にいっか、と思いながら重ねて聞いてみたんだ。 「何を書いてるの?」 御剣はすると、ほんの少しだけ思案する顔を見せた後、君ならば構わないか、とにこり照れたような優しい笑みを浮かべて中を見せてくれたんだ。 それで、ぎょっとした。 毎日書きこまれているわけではないそれは、けれど結構な頻度で記入されている。 見開きに一か月ぶんの日付の数字しか書かれていない、システム手帳に後から補助的につけたすようなタイプのシンプルなカレンダーは年と曜日空欄のままになっている。 そこに、インクの色がほんのり変わるくらい古い書き込みから、今書いたばかりと思われるまだインクが濡れているような鮮やかな文字までがランダムに埋まっている。 その、内容に―― 成歩堂と付き合った記念日 成歩堂と出会った記念日 学級裁判 成歩堂と初めてデートした記念日 成歩堂と初めて外食した記念日 成歩堂の家に初めて行った記念日 成歩堂が初めて家を尋ねてきた記念日 成歩堂と…… …… …… 延々と続く。僕の名前のついた『記念日』にぎょっとする。 思い当たる節は、ある。そう言えば御剣はよく何でもない日に少し嬉しそうに。ケーキを買ってきたりちょっといいお店で食事をしたがることがあった。 「何かいいことあったの?」 聞いてもやんわりと笑って頷くだけで……なんだろうと思っていたんだ。 もしかして、今までのアレは全部、"記念日"をお祝いしてたのか?一人で―― 「自分で考えても少々恐ろしくなる執着だとは思うのだがな……。君と何かをした日は全て、想い出が深すぎて、大切にしたいのだよ」 押し付けるつもりはないから気にするな、と言われたけど。気にしないわけないだろ。 「何かそう言うの。僕には理解できないかも」 「……すまない。気持ち悪い真似をしてしまったようで。君のことを愛しすぎているようだ、私は……。君にはめいわくかもしれないが――」 「――そうじゃないよ!御剣が僕を大事に思ってくれるとか、愛してくれるのが嬉しくないわけないだろ!――僕だって、お前のこと――あ、愛してる、んだから――」 途端に嬉しそうに微笑む御剣。 ああ、幸せだなぁ……と、キスしたくて、形のいい御剣の唇に顔を寄せて――って、!いやだからそうじゃなくて。 「僕が言いたかったのはさ、何かあったから、特別なんじゃないってこと!」 「……どういうことだろうか?」 うう、やっぱり説明しなきゃだよね。 自分から切り出した癖に、恥ずかしくって困る。 ちらりと上目づかいに確認すると、優しい顔で僕を愛おしげに見つめてくれる御剣。 心がほわりとあたたかな手で撫でられたみたいだ。 ちゅ、と突然目の前が暗くなる。一瞬の熱の交換。 成功した悪戯に唇を引き上げて笑う。 「こら、御剣っ!」 「君が可愛い顔をするからだ」 「……もう」 話が進まないじゃないか、ぼやくと全然悪く思っていない顔ですまないと言われる。 良いけどさ。 ……そんな顔も、カッコイイとか思っちゃったし! 「それで?」 「え、あぁ、うん……だから、さ。何かあった、記念日で、だから大切に過ごすっていうんじゃなくって。君と過ごすこと自体が幸せっていうか、御褒美っていうか……」 「成歩堂?」 「君と居るだけで、何気ない日がさ、凄く幸せな日で、時間になるんだよ……だから。記念日なんて作らなくってもさ、いいんじゃないかなって」 どれか特有の日が特別なんじゃなくって、どんな日も御剣と過ごす日全部が大切だから。 「ふむ、毎日が記念日ならば。合ってないようなもの、か」 引き下げるんじゃなく、全部を持ち上げる形で"特別な日"じゃなくなるってこと。 「そういうのは、変かなぁ?」 「いや……」 重いことをいっちゃったかな、と思ったけど。御剣は優しい微笑みのまま僕の頬に手を当てて、真直ぐに見つめてきた。 「私も、常にどんな時も、君を愛している」 ふわりと触れる唇は、今度はさっきみたいに直ぐに離れることなく、熱く深くなっていく。 「誓いの言葉みたいだな」 「…君が望むのならば、それもやぶさかではない」 軽口に真剣に同意する御剣が可愛い。 まったくさぁ 「僕は形なんていらないよ。君だけ、いれば……」 君は? 問いかけた言葉に返されたのは、同意を示す言葉じゃなくて。 温かな想いを伝える誓いのキスだった 今日は何の日? 7(ナ)6(ル)の日 and "記念日の日" Fin. ナルの日ということで、ミツナル投下してみましたv そして、【今日は何の日=記念日の日】という素敵な記念日でしたので合わせ技です。 読んでいただいて有難うございました! |