【今日は何の日】 「あついなぁ」 汗ばむ陽気の中、それなりにお堅い職業ゆえに午後からとった休暇の中でもクールビズに逆らって着ていたスーツを脱ぎ、汗を拭きながら呟く。 さっきから僕は何度も愚痴るように呟いているのだけど、隣を歩く冥は気温なんて関係ないような涼やかな顔をしている。 それでも暑いと呻く僕の方をちらりと見てから近くにあった喫茶店を目で示したから、暑いことは暑いんだろう。 僕はとりあえず涼みたかったから冥を誘って早速その喫茶店に入った。 女性客ばかりが目につく店内は男ひとりじゃ入りにくそうな雰囲気に満ちている。でもまぁ、今は僕もデート中なわけだし。他にも女性に付き合っている男の姿も何組かみられたから、まぁ浮きはしないだろう。 ちらりと視線を向ければそれぞれのテーブルにはケーキやら何やら甘いモノが乗っていた。 時間帯もお昼時を大分過ぎているし、もしかしたらデザートで人気がある店なのかもしれない。 僕たちは店員に促されるままに二人掛けの席についてメニューを眺めた。 何にしようかな。とりあえずアイスコーヒーは必須だ。 「あついなぁ」 だらりとした空気で何度も呟く成歩堂龍一に苦笑する。 『一年中冬用のスーツを着ていたら熱いのは当たり前でしょう?馬鹿でもわかる!夏用を買いなさい』 以前そう言ったらお金がないからと苦笑いされたことを思い出す。 弁護士として活動を始めて数年たち、それなりに名も知れているはずなのに、成歩堂龍一は自分が無罪だと信じた相手しか弁護をしないからいつもギリギリなのだろう。 崖っぷちなのは弁護の内容だけで十分でしょうに、バカな男。 とりあえず次の誕生日にはスーツを贈ろうかしら。と思っていたのだけれど――どうやらそれも待てなかったようね。 「あついなぁ」 繰り返されて、仕方無く視線で近くにあった喫茶店を示した。 店内は女性客ばかりで男性はカップルのみしかいない。ということは私たちもそう思われているのかしら?――間違ってはいないのだけれど。 そんなことを考えてなんとなく気恥ずかしく思っていたから、成歩堂龍一がメニューを片手に私を見ていることに気が付かなかった。 「冥?」 「な、何かしらっ」 焦って答えたら、苦笑されてしまった……私としたことが!恥ずかしい。 覚えていなさい!手元にない鞭を心中で握って涙目で睨む。 「注文はどうする?僕はアイスコーヒーかな」 「そうね……」 参考に、と言うわけではないけれどなんとなく周囲を見渡してみる。ふと隣のテーブルに乗っていたものに目が入ってきた。そして、可愛らしく飾りたてられたそれに、しばし魅入る。――美味しそう。 コクリと喉が鳴って我に返った。誤魔化すように慌てて注文を伝える。 「そうね、私はアイスティで」 メニューに描かれた別の文字にも気を引かれたけれど、口には出せなかった。 私は自分が他人からどう見られているかちゃんと分かっているつもり。ここで『それ』を注文したら成歩堂龍一がどんな反応するか…… 『狩魔検事が注文するなんて意外だよ。似合わないね』 もしも万が一そんなことを言われたらと考えるだけで心臓がぎゅっとなる。ここは無難に、飲み物だけ――他人からどう思われるかを気にするなんて私らしくないけれど。この男と付き合うようになってから、時折弱気な自分が顔を出すようになった。 完璧をモットーとする狩魔としてはあってはならないことだし、情けなさに悔しくなることはあるけれど。それでも、そんな自分は嫌いにはなれなかった。 「アイスティ、ね…了解」 成歩堂龍一は片手を上げてウェイトレスを呼ぶ。 「ご注文はお決まりですか?」 マニュアル通りの笑顔で聞いてくる彼女に成歩堂龍一は笑って言った。 「アイスコーヒーとアイスティを一つずつ、あと…パフェを2つください」 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」 え…? 「一回こういうの食べてみたかったんだけど、男ひとりじゃ恥ずかしいから、さ。付き合ってよ…」 驚いた顔を向けると成歩堂龍一は何でもないように私に向かって微笑みかけると、そんな下手な言い訳を口にした。バカね……。あなたそんなに甘いものが好きな方じゃないじゃないの。 明らかに私が隣の席へ向けた視線の意味を理解した上での行動だと分かって。また、今度は甘く心臓がぎゅぅと痛んだ。 ウェイトレスが運んできたパフェはハートや星型にカッティングされた果物やチョコの飾りがファンシーで可愛らしいもので。照れた様子でスプーンを手にした成歩堂龍一につられるように食べる。 パクリと一口、口にすればふわっと広がる甘さ。 アイスのさわやかさやスポンジ生地の食感、ゼリーや果物の酸味もちょうどよく。 思わず顔が綻ぶ。 「美味しい…」 くすくすと漏れた笑いに顔を上げれば、成歩堂龍一が優しい目つきで私を見ていた。 瞬間的に顔が熱くなって、誤魔化すようにアイスティを飲む。 「…似合わないって、、言われるかと思ったわ」 「何のこと?」 こちらから切り出してもとぼけようとする反応に嬉しさと羞恥心が同時に湧く。 「分かっている癖にとぼけないで」 小声ながら咎めるような口調になってしまって後悔する。 どうしてもっと素直になれないの……。可愛い女の子、のような反応が出来ない自分。 話に聞く恋愛バカな子のようになる自分は想像できないし、そんな自分は正直許せないと思うのだけれど。 それでも、成歩堂龍一がもし、そんな『可愛い女の子』が好きなら。 ――こんな素直じゃない可愛くない私なんて 「パフェの語源ってさ…」 「え…?」 黙った私に成歩堂龍一は気にしていないよとばかりに、微笑んで呟いた。 「フランス語のparfaitからなんだって」 「parfait…」 「そう英語ならperfect」 Perfect―-完璧。それは、狩魔の命題。 目を丸くした私に、成歩堂龍一は笑う。 「――君にぴったりのデザートだと思うよ。それに……誰かに何か言われたことがあるのかもしれないけど。似合うよ?キミ、凄く可愛い女の子だし。僕の前では特に」 そんなことをサラリと言うから、この男は侮れないの。 気障な言葉に顔が赤くなる。そんな言葉、言われ慣れていないからどう対応したらいいのか、判らないじゃないの。 「自惚れ、バカな勘違いよ…」 力ない反論は証言にもなりはしないものだった。 完敗を喫してしまった私は、好ましかったはずの甘さに食傷気味になって。 悔しさをぶつけるように、器に残ったハート型のチョコを目の前のにやけた男の口に突っ込んだ。 ――【パフェの日】 End. 6月28日はパフェの日、だそうです。 2012/06/28 Twitter 2012/06/29 修正・UP |