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□ハート盗んじゃった
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「はは、お嬢ちゃんには……そう、僕のハートを12個盗まれちゃったみたいだね」
日曜日の太陽が次第に赤味を帯びだす時間、事務所には僕とみぬきとオフの時間を最近はウチで過ごすことが多い響也くんがいた。

「最近、TVの企画でマジシャン特集をしたんだけどね。そこでちょっとレクチャーしてもらう機会があって。本職のお嬢ちゃん相手にっていうのもアレなんだけど営業で使う前にお嬢ちゃんにみてもらってもいいかな?」

そんなことを言って徐に懐からトランプを取り出した響也くんに、みぬきが断るはずもなく。始まったマジックは単純な「引いたカードを当てる」というマジック要素に気障なオプションを加えたものだった。
懐かしい響きに古い記憶をよびさまされるその光景に思わず呟く。

「マックス・ギャラクティカ?」

数年ぶりに呟いた名前。あの時は僕もハートを10個貰ったっけ、と心の中で苦笑する。
女性ウケしそうなネタだと思ったが、それにみぬきが王子様、と呼ぶ彼の容姿が加われば完ぺきなショウになる。

「きゃぁ、あたりです!ふふ、みぬきってばマジシャンなのに王子様のハートを盗んじゃったんですね」
「そうさ、ハートを12個も盗まれちゃったら僕はもう君のトリコだね」

きゃぁきゃぁと黄色い声を上げて喜ぶみぬき。
全く、元気なものだと微笑ましく見守っている、つもりなのに。何故だか笑顔がどうにもぎこちない。薄ら笑いのポーカーフェイスはすっかり身についたと思っていたのに。
無意識に手を顎にやりながら、苦く思う。苦味の原因になっている感情に気付かないふりをして。

「みぬき、そろそろ時間じゃないかな?」

一つ息をついて平静を装った僕は、にっこり笑顔で時計を示す。

「え―もうそんな時間?じゃぁみぬき、残念ですけど行ってきます!パパ、知らない人が来ても入れちゃだめだよ?」

ぴしり、と指を突きつけて子供に言い聞かせるような口調に笑う。

「はいはい、みにきにはかなわないなぁ」

こんなおじさん相手に何を言うのかと思うが、みぬきは本心から言っているようなので、大人にスルーする。

「いってきまーす!」

元気よく手を振って出かけていくみぬきを玄関に出て見送る。

「気をつけて行っておいで」

頬にキスをすれば嬉しそうに笑ってお返しのキスと、「パパも気をつけてね」と良く分からない忠告を貰った。さっきからまったく。まぁ、車にひかれたり殺人事件に巻き込まれたりなんてのは弁護士をやめてからでもしょっちゅうだから、心配されるのもわからないではないけど。

「パパは悪運が強いから大丈夫だよ」
「うーん、それはあってると思うけど!……そういう無自覚なところが魅力でもあるんだけどねぇ。パパの」

くすりと笑ったみぬきの顔は、やけに大人びて見えた。

なんとなく釈然としない思いを抱えつつ振り返ると、にやりと楽しそうな笑みを浮かべた響也くんが直ぐ側に立っていた。

「……何かおかしなことでもあったのかい?」

なんとなく良い予感はしない微笑みに眉を寄せながら尋ねる。

「もしかしてさ。成歩堂さんさっき焼いたのかなって」

びくり、と内心とび跳ねた。

「何のことかな?」

すれた笑みを浮かべて何でもない風を装って誤魔化そうと試みる。
けれど、響也くんは法廷でオドロキ君を追い詰める時のように不敵に微笑み、指先を軽く弾いた。

「お嬢ちゃんが仕事へ出る時間はいつもきまってる。でも今日はちょっと早いよね?」
「……そうかな?いつもこれくらいだと思うけど」
「まぁ、それでも僕はいいよ。ちゃんとした証拠品を"検察側"は提示できるからね」
「証拠品?」

事件じゃないんだ。日常の会話の中に、証拠品なんてそんな物、有るわけが……
首を傾げて問い返そうとした僕に、ニヤリと笑った響也くんがいきなり接近してきた。腕を掴まれ、腰を抱かれて吐息の触れる距離で見つめ合う。

「ちょっと、響也くんてばこんなとこで……!」

今はオドロキ君は調査に出ているけれど、いつ戻ってくるかわからない。依頼人がもしかしたら来るかもしれない。
一瞬脳裏にそんな不安が駆け巡ったけれど――それよりも――

「みぬきにハート、ぬすまれたんだろっ」

て思わずドン、と胸を押し返した。
咄嗟の行動に我に返った時には遅かったようで。
にやにやと笑いながら僕をみている響也君がいた。
しまったなぁ。と思う。多分彼が言うだろう言葉を予想して、ニット帽に手をやった。

「あなたの今の言動が、証拠だよ。異議ないよね?」

にっこりと奇麗な微笑みに予想通りに言及してくる"検察側"へ返す言葉は"弁護側"にはなく。
僕はニット帽をずらして目を隠し、響也君を視界から追い出した。






僕が不貞腐れてソファに再び腰を下ろすと響也君はくすくすとひとしきり楽しそうに笑った後に。向かい側に座った。

「まぁ拗ねないでよ。あんたにもやってあげるからさ」

そんな風に言いながら、手元のトランプの山を切り出す。

「……別に僕は」

本家のマックスにもやられたことだし、いまさら響也くんにやってもらわなくても、ともごもごと断ろうとしたのに。
さっきの会話からすっかり僕が嫉妬したのだと思って勢い付いていた響也くんは本家なみの押しの強さで広げたカードを僕に差し出してきた。
ずいっと突きつけられてため息をもらす。

「じゃあこれで」

一枚をそっと抜きとる。
さて、いくつ彼の営業の愛を受け取るのか……
さっき同じものを受け取ったみぬき相手に抱いた感情と矛盾するようだけど、なんとなくそのことに気が重くなりながら抜き取ったカードを裏返して……えっと目を見張った。
僕が引いたカードは――

「そうだね、成歩堂さんが引いたのはスペードのジャックじゃないかな?剣を持った騎士なんて、どこかで聞いたみたいな話だね」
「……当たり、だよ」

響也くんがキラリと爽やかな笑顔を浮かべる。マジックとしては間違ってない。確かに僕の引いたカードを彼は当てたわけだし。

「なんだか不満そうだね。じゃあもう一回やってみせようか?」

僕の引っかかりのことを暗示しているのか、或いは僕がマジックを疑っていると思ったのか。
読めない好きのない笑顔でもう一度カードを差し出してくる。促されて、そろりと再びカードを引けば……

「……」
「うーん、そうだね。今度はクラブのキングじゃないかな?」
「……うん、当たり、だね」

さっきと同じ。スートも数字も変わったけど。普通のマジック、そんなはずはない。さっきみぬきに相手にやっていたのを見た限り、これはおかしい。
普通じゃないことには何かしらの意図が有るはずだ。
無言で視線を向ければ響也くんは、おや?と首を傾げる。

「どうして……」

聞きかけてから、口をつぐんだ。
もうこれ以上本心を晒すのは面白くない。今更だったとしても自分から聞くなんてなんとなく癪だ。
そんな僕の心情を理解しているのか、響也君はカードを唇にあてながら「どうかした?」なんて軽く言ってくる。
別に、そう誤魔化そうとした、その寸前――
響也君はあれ?と何処か芝居じみた口調で疑問符の言葉を口にした。
なんだ?と首を傾げると、響也君はばさっと手元のカードをテーブルの上に投げるように置いた。
散らばる沢山のカード……何気なしにみる。
スペードの10、ダイヤの4、クラブのJ、クラブのエース……目に入るカードの柄に、え?と思った。
そこにあるのはどれをみても、スペード・ダイヤ・クラブだけだ。
ハートがない?
なんでと疑問を口に出そうとした僕は、再び響也君の声に言葉を遮られた。

「ああ、判った」

やっぱり少し芝居がかった大げさな口ぶりに目を向けると、響也君はふてぶてしい微笑みを浮かべて、さっと僕の方を指さす。

「なんだい?」

言いながらもその指の示す先を目で追うと――あれ?
いつの間にか、僕の来ているパーカーのポケットにガサリとした感触があった。まさか、もしかして?
半ば確信めいたものを抱きながら手を突っ込んで中身を取り出す。


出てきたのは――トランプのカード。ざっと数えて13枚。全て――スートはハートだった。


えっと、どういう意味なのかな…?
無言で顔を上げた僕の目の前には、いつの間に近づいていたのか、響也君の奇麗な顔。ふわりと香る香水が甘く鼻腔を擽る。

「僕のハートは、全部アンタに盗まれちゃってるから、さ」

気障が過ぎる……と思うのに。
今日はどうにも心が思考を裏切っているみたいで。

自然に浮き立つ心のままに、僕の腕は響也君の首に回っていた。



End.







ここまで読んでいただいてありがとうございました!

Twitterで行われてます素敵企画、「逆裁トランプ企画」への参加作になります。
主催様、素敵企画有難うございます!

ぱっと浮んだネタで書いてみたのですが、やっぱり響成難しいです><;
というか多分ダルホドくんの語りがちゃんと把握できてないのかも…
どこか偽物臭い内容になってしまいましたが、お暇つぶしになっていましたら幸いです。
タイトルがダサくて申し訳ないです;

2012/06/28




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