TEXT1 (x7)

□譲り合い≒取り合い
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「あら。こんなところで何をしているのかしら?」

聞きなれた声に咎められたのは、普段この声を聞く機会の多い御剣の執務室、ではなく。
成歩堂法律事務所の入口へ向かう階段の途中だった。

「冥、君こそここで何をしているのかね?」

お互いに疑問形の会話ではあるが、なんとなく予想はついていた。と、いうよりそれ以外に目的は考えられない。

「成歩堂に呼ばれたのだよ、頼みたいことがある、とな」
「あら、私もよ?私の意見をぜひ聞きたいからって……」

互いの言葉に嘘はみえない。
それを理解した途端、二人ともに内心で酷くがっくりした。
自分だけが呼ばれたのではないと言うことに。

御剣も、冥も、密かに成歩堂のことを好いていた。
初めは疎み、蔑み、近づこうなどと考えていなかったのに、いつの間にか.
感情はめまぐるしく変化し、今ではただ、愛おしい。
しかし敵対する立場と、とてもではないが素直に感情を吐露することができない不器用さに阻まれて、ふたりは遠くから牽制し合うだけで終わっている。――今のところは。

「……成歩堂龍一、何を考えているのかしら。私たちを二人呼ぶだなんて!」
「ふ、まぁあの男のことだ。何も考えていないのであろう」

苛立ちに任せてコンクリートを鞭で叩きつける冥だけではなく、悟ったような口調で言い聞かせる御剣もまた、肩透かしを食らったことに落ち込んでいる。
ともあれ、階段でいつまでも時間を潰しているわけにはいかない。
呼ばれていたのが自分一人ではなかったからといって、このまま踵を返すという選択肢はないのだから。


コンコンコンコン

きっちり4回のノックを送ると、中から「はぁい!」と明るい声が聞こえてくる。
どうやら、さらに真宵までもが中にいるようだった。
これで完全に色気のある話からは遠ざかったと理解した検事たちは溜息を漏らしながら待つ。ほどなく、ガチャリと勢い良く扉が開いた。

「あ!御剣検事と狩魔検事。来てくれたんですね」

にこにこと邪気のない笑顔で迎えてくれた彼女に、ああ。ええ。と意味のない返答を返す。視線を中へ巡らせれば、成歩堂はいつもの所長室、ではなく、応接セットのソファに腰をおろしていた。

「ささ、入って入って」

招き入れられて中へ上がると、応接セットへ座るように促される。
成歩堂は一人掛けのソファに座っていたし、その斜め向かいのやはり一人掛けのソファには真宵のモノと思わしき湯のみがテーブルの上に置かれている。
空いているのは長椅子だけだったので、そこに御剣と冥は腰を下ろした。

「それで、何の用なのかしら?」

切り出した冥に、成歩堂はそこでようやく口を開いた。

「実はさぁ、たまたまた依頼人が実家が農家の人でね。いちごをいっぱいもらったんだよ。でももらったはいいけど結構凄い量でさ、真宵ちゃんと二人じゃ食べきれない、というか飽きてきちゃって――」
「いちご?もしや君はそれをおすそ分けしようとしたということか?」

ごく当然の聞き返しをした御剣に、成歩堂はふるふると首を左右に振る。

「いやさ、一応気持ちだしと思ってどうにかして食べようと思ったわけ。で、そのまま食べるのが飽きたなら加工したらいいんじゃないかと思って」
「加工……」

加工と聞いていちごミルクとか、そんな物を想像した検事二人だったが。成歩堂の続けた言葉はそんなレベルの話ではなかった。

「うん、で、いちご大福とかどうかなぁって話してたんだけど。ネットでみたらいつくか違う作り方があったんだよね」
「どっもちも美味しそうだったから選べなかったんだよねー」

顔を見合わせて笑う二人に、ぴくり、と肩が跳ねる。
それは仲睦まじい二人への嫉妬、ではない。
成歩堂と真宵の間に有るのが、恋愛というような色めいたものではなく、兄妹のような同志のような、そんな別の愛情だと、それなりに長くなった付き合いの中で検事たちも承知していた。
驚いたのは、そういうことではなく。

「いちご大福など、作れるものなのか?」
「貴方達が?自分で?」

検事たちの反応にあっさりと返答をくれたのは真宵で。
ぽん、と両手を胸の前で合わせると、こくりと大きく頷いた。

「もちろん!自分で作ると甘さとかいろいろ調整出来て良いんですよ」
「そ、そういうものなのか……」

ああいうものは買うものであって、自分で作るものではない、と考えている検事たちには衝撃の発言だ。
完ぺき主義な二人が意外なところで不器用なことを知っている成歩堂は可笑しそうに笑っていたが。流石にそこをからかって刺々しい嫌みや鞭を浴びるつもりはないようだった。

「まぁ、そこは置いといて。御剣と狩魔検事を読んだのはさぁ。僕が作ったのと真宵ちゃんが作ったののどっちが美味しいか判定してもらおうと思って」
「うム、そういうことなら――と、まて!成歩堂いまキミは、君と真宵くんが作ったと言ったのか!?」
「え、うん。そうだけど……?」

あっさりと答える成歩堂に愕然とする。
真宵だけならまだ納得できた。女性だし、家柄もいいのだから、のんびりしているように見せていろいろ躾けられているだろう。しかし、成歩堂はどう見ても一般的な男性だ。

「やだなぁ、僕だってレシピがあればそれくらい作れるよ」

ぷすりと頬を膨らませる幼い仕草を可愛らしく思いながら。とてもではないがレシピがあったところで完成品をまともに作れそうにない検事二人はむっと眉間に皺を寄せる。
女性と言う事でより一層プライドが刺激されたらしい冥が、ピシリ!と鞭を鳴らした。

「無駄に器用な男ね。女々しいったら」

多分に偏見の混ざった罵倒でビシバシと鞭を振り下ろす。イテェ!と叫ぶ成歩堂を流石に可哀想に思ったらしい真宵が蒼くなった顔で口元に手をやっている。口は災いのもとだと、そろそろ学習してもよさそうなものだが、と御剣は何度見たともしれない光景に溜息を漏らした。



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