ただなんとなく、暇だったから。 そんな理由で、僕はトランプを取り出した。 真宵ちゃんたちが帰った後のひっそりとした事務所の応接室。 僕の向かいに座るのは、狩魔冥だった。 「ふん、貴方ごときが私に勝てるとでも思って?」 ち、ち、と父親の面影を残す仕草で指を左右に振る冥に、呆れる。 ごとき、なんて言葉を未だに使うなんて。 本気で見下されているならちょっとムカつくし、生意気な口を黙らせようと反論もするかもしれないけれど。 実はそんな冥が素直に成れないだけでこうして二人で過ごす時間を本当に厭っているわけではないと言う事は、もういい加減理解している。 こうやって時間を過ごすようになってから、もう結構立つしね。 どういうきっかけか忘れたけど、いつの間にか彼女から感じる視線は敵愾心に満ちたものからほのかに熱を帯びたものに変わっていた。 それにつられるように、僕の彼女へ対する感情にも変化が表れて。 それでも二人、敵対する立場と、因縁に絡め取られて何も動けずにいたのだけれど。 僕たちの状況に気付いた真宵ちゃんや、御剣のいらないお節介によって、信じられないことに。 僕と狩魔冥は信じられないことに、恋人同士のオツキアイ、ってものをしている。 「じゃぁやめる?」 「……一度言い出したことを撤回するなんて、信念のない」 「了解、とりあえずじじ抜きでいい?」 かみ合っているんだかいないんだか。素直じゃなさ過ぎて逆に素直にも聞こえる彼女の言葉を自分のいいように判断して、1枚だけ抜いて裏返しにテーブルに置いてからカードを配る。文句は出てこないから、多分間違えてない。 二人きりでやるじじ抜きは、あまりにも簡素なゲームになってつまらない。 大部分をテーブルに捨てて始まった少ない枚数のカードは、どれを引いても2つに一つの反応だ。 つまり、重なったカードの山に2枚を追加するか、或いは手もちの札が1枚増えるか。 後者の反応になった時点でじじが確定。あっという間の出来事だ。 一回の勝負が決まるまでに要したのは僅かに数分。 勝者は彼女だった。 「……ゲームを変えましょう」 「そうだね。これはちょっと無かったなぁ」 言いながら負けた僕がもう一度カードをシャッフルして、配り直す。 今度は七並べだ。 でもこれも、二人でやるゲームとは言えなかった。 自分の持っていないカードは相手が持っていると分かるのだから、お互いにつまらないように、しかし相手が上がらないようにカードを選んで置いていく。 さくさく、さくさく、迷いのない札の出し方でテーブルに敷き詰められていく赤と黒の絵柄。 ああ、つまらない。 ぼやきかけた言葉は呑み込む。 多分、意外にネガティブな彼女が泣き出してしまうと思ったから。 勝負はやっぱり、僕の負けだった。 それからいろいろゲームを試した。 スピード、ブラックジャック、ページワン、セブンブリッジ…… 二人でやるゲーム、、二人でも出来るゲームなどとりどりだけど。残念ながらどれもこれもあまり盛り上がらなくて。 淡々と進めるゲームは全て彼女の勝利だった。 僕が弱い、と言うわけではないと思う。多分。気持ちの問題なのかなぁ? もう僕と彼女が共通で知っているゲームはこれくらいかな、と最後に神経衰弱をやることにした。 既に外は夜の帳が落ちている。 オフィス街は人通りも少ないのか、車の音も人の話し声も窓から侵入してくる気配はない。 しんとした中で、テーブルに裏返しに並べられたカード。 目線で促すと、彼女がひと組目をめくった。 当然、絵柄は揃う事はなく、再び裏返される。 静かだった。 僕たちは恋人同士になったはずなのに、共通の趣味も過去も無いから何を話したらいいのか分からない。 年齢の違いも、あるのかもしれないし、多分に僕たちの性格が災いしているのだろう。 他愛もない深い意味を持たない会話に彼女は耐えられなかったし(それは世間話が苦手な旧友みたいだ) かといって仕事に関係する話題を仮にも恋人に話すのはいかがかと思ったし まして敵対する立場だけに話せないことも多かった 本来なら相性としてあわないのかもしれない、と思う。 でも、それを理由に関係を解消するのは寂しかったし、僕の本意じゃない。 彼女の方は分からないけど―― そう、結局僕たちは恋人同士になっても何も変わっていなくて。 時折時間が或る時に彼女が僕の事務所にふらりと立ち寄ってこうやって無為に時を過ごすだけだ。 甘い語らいも、熱の交換も、ない。 本当に彼女が僕のことをそう言う意味で想っているのかちょっと不安になってたりする。 疑うわけじゃない、視線の意味を勘違いしていたわけでもない。 でも、あまりにも何も変わらないと仕方ないんじゃないかなと思う。 「……なんだか、変わり映えがないわね。これも」 |