TEXT2 (NL)

□雨
1ページ/1ページ





しとしとと、窓の外を雨が落ちる。
まだ梅雨には早いと言うのに、あいにくの空模様は久しぶりに帰国した彼女を部屋に閉じ込める。
この日のためにそれなりに奇麗に掃除した部屋に、彼女は僅かに眉を顰めたけれど、珍しくその鋭い口調が口癖となった罵声を浴びせることはなかった。
ただ、窓の外を睨むように見つめている。

「どうしたの、もしかして機嫌悪い?」

本当にそうならば彼女は直ぐにでもこの部屋から出て行っているだろう。
愚問だと思いつつも沈黙を敢えて壊すことを目的に尋ねてみると、意外なことに彼女からは期待していなかった反応が返ってくる。

「……雨は、嫌いよ」

低い声で小さく綴られる言葉には、悲哀が滲んでいる。
成歩堂の前では基本的に強気な態度を崩さない彼女がそう言う空気を滲ませるのは、大抵誰かを――彼女にとっては唯一の存在だったあの男のことを思い出す時だと、知っている。

「狩魔検事が雨が嫌いなんて、初めて知ったな」

敢えて、名字と役職で現したのは、彼女に受け取り方を任せたかったから。
彼女はそれを理解してか分からないけれど、苦く口元を引きつらせた笑みを作る。

「雨が降ると古傷が痛む……忌々しいことだと。いつも不機嫌だったわ」

自分ではない誰かを語る言葉は、今はいない男に対するもの
彼が持っていた古傷に心当たりがある成歩堂は、沈黙する
あの、忌まわしき暗く狭い箱の中で起きた事件
親友の父を殺し、親友の人生を歪め、一人の男の人生を狂わせ
そしてもしかするならば
ひいては彼女の父親の運命をも歪めてしまったのかもしれない事故

「狩魔は完ペキを持って良しとする……けれど、結局そうは成れなかったということね」

雨にか、或いは古傷にか、それとも古傷が導いた結論にか
沈黙はそれ以上語らない

その時――再びの静寂を切り裂いたのは人の声ではなく
どこか遠くで落ちた、雷鳴の轟音

びくり、と肩を震わせたのは成歩堂だった。
動いた気配をさっして、窓の外を睨んでいた彼女が振り返る
うすらとした笑みを浮かべて、顎を逸らして皮肉な口調を作る

「雷は、苦手?」

「――そうだね。僕も、古傷が痛むんだ」

体についた有形なものではないけれど
うちつける雨、雷に似た高圧電流の火花、倒れ伏した男、嗤う美しい顔
思い出すたびに痛みが走る

雨を嫌って、
雷を嫌って、

閉じこもる二人きりの部屋
甘さのかけらもない閉じた空間
けれど自分ではない誰かの存在が、確かに冷え行く体を留める

「明日、晴れたらさ――」

彼女の雨雲に似たグレイの瞳が僕の顔をとらえる

「どこかへ、でかけようか?」

漠然とした誘いに、深い意味はなかった
恋人である彼女と出かけたいという思いは確かに心の片隅にあったけれども、この時には深い意味はなかった

成歩堂の意図を知ってか知らずか
彼女は奇麗な微笑みを浮かべて無慈悲に現実を告げる

「馬鹿ね。明日は平日よ……」

行くべきは
罪を咎めるための場所と、疑惑を振り払うための場所と、真実を明らかにするための場所だ

しかし、彼女の言葉を聞いて、成歩堂はむしろ答えを得た気がした。
今この想いを抱えて行くべき場所は、確かにその場所なのだと







読んでいただいて有難うございました。
なんでこうなった?と言うくらい、暗い話になってしまいました。
どうして―!?と自分でもわけわからぬ。

ちなみに御題はこんな感じでした↓
「狩魔検事が低い声で「…雨は嫌い」と言う甘酸っぱい話」
甘酸っぱさかけらもないし!!!

なお、作中で冥ちゃんが「雨が嫌い」な理由として挙げているネタは、ツイッターで御題が出たときに、某国民的な和菓子さまから「雨の日は古傷が疼いて父ちゃんが不機嫌〜」という反応頂きまして、それを使用させていただきました。
有難うございますと、こっそりここでお礼

2012/05/23



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ