公園のベンチ、二人座って静かな時を過ごしていると。 不意に冥が問いかけの言葉を発した。 「ねぇ、あの珍妙な魚はなんなの?」 胡乱な目つきで空を見上げる冥に、成歩堂は首を傾げた。 彼女の視線を追ってみれば、高く晴れ渡った空に浮かぶ、大きな3つの鯉。布製のそれは日本伝統の「鯉幟」だ。 「なにって、鯉幟だよ?知らない?」 「コイノボリ……?」 オウム返しに問う冥に、ああそいえば彼女はアメリカ暮らしが長いのだったと思いだす。 更に言えば彼女には姉がいるらしいが男兄弟がいなければあのようなものには縁がないのかもしれない。 御剣の家も、そんな心の余裕はなかっただろうし。 「元々は端午の節句、旧暦の5月5日までの梅雨の時期に、男児の出世を願って飾っていたらいしけどね。今はちゃんとした意味をもって、というよりもイベントごとの一つとして飾ってる感じかなぁ?」 「5月5日って過ぎているじゃないの」 「旧暦って言っただろ?だいたいのところは新暦の5月5日に飾っているみたいだけど、地域によっては6月5日まで飾ってあるんだよ」 「……適当なイベントね」 そうかなぁ?と思うが、別に鯉幟に深い思い入れがあるわけでもない成歩堂は黙る。 それよりも気になったのは。 「ねぇ、久しぶりに会ったのにそんな話題なわけ?」 優秀な検事として、国際的な事件ばかりを追う冥は、日本に留まる成歩堂とはなかなか会えない。 久しぶりに帰国したというので連絡をとってセッティングしたと言うのに。 鯉幟なんてどうだっていいじゃないかと思う。 成歩堂だって最近はそれなりに忙しいわけで、この時間も努力の末に作りだしたものだった。 それ以上に忙しい冥はしばらくしたら検事局に戻らねばならない。 貴重な時間なのだから大切に過ごしたい。 すると、冥はちらり、と成歩堂に視線を投げかけると直ぐに顔を伏せてしまった。 ほんのりと、その白い肌が赤く染まっている気がする。 「……だって、久しぶりだから。何を話したらいいのか分からないんだもの」 ぼそりと呟かれた言葉は酷く可愛らしい。 強気な彼女はときに不器用だった。 特に、恋愛ごとなど――成歩堂と付き合うまでには触れることもなかった領域に違いない。 「完璧な君の唯一の弱点だよね」 笑って言うと、ぶすりと頬を膨らませた。 照れ隠しに行使されてはかなわないと、鞭は一時的に成歩堂が預かっているから、その手はきゅっと握り締められるだけに留まる。 子供みたいな反応が可愛くて愛おしくて。 成歩堂は周囲をそっと見まわして人影がないことを確認するとにっこりと微笑みを浮かべた。 「冥」 付き合ってからもめったに呼ばない下の名前を、穏やかな声で呟けば。 ぴくっと華奢な肩が跳ねる。 ゆっくりとその肩に手を回すと驚いたように冥の顔が成歩堂に向き直る。 そのタイミングを狙って。 ちゅ、と可愛らしい音が静かな公園に響いた。 「何を話していいかわからないなら、さ。こうやってくっついていようか」 憎たらしいほどの微笑みに冥は反射的に反論しようとしたが。 ぱたぱたと揺れる鯉幟ののどかな音を聞くうちに空気に消えて。 「馬鹿なおとこの馬鹿な意見でも……たまには乗ってあげてもいいわ」 そっと、水色の髪が蒼いスーツの肩にかかる。 二人だけの穏やかな時間を見ているのは、喋ることのできない鯉ばかりだった。 Fin. なんぞこれ? 2012/5/13UP |