TEXT2 (NL)

□信じるチカラ
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※成冥の二人が付き合っている設定で成歩堂弁護士資格剥奪話です




想像もしていなかった展開で、未だに信じられない結末を迎えた裁判を終えた翌日。
未だどこか現実感のない状況に呆然したままの成歩堂は独り、所長室の机に居た。
応接室を兼ねた前室を越えた先、廊下の向こうはざわざわと耳障りな声を立てる人であふれている。

若手実力派弁護士として名の知れ始めていた成歩堂がねつ造された証拠品を裁判に提出した。
そんなスキャンダルを常に刺激を求めるマスコミが放置してくれるはずもなく。
カメラやマイク、録音機器を携えた正義面の記者たちが押し掛けてきていた。
真宵は倉院の里へ昨日のうちに帰してある。成歩堂を心配して残ると言ってくれたし、むしろ倉院に戻っていた春美までもがこちらへやってくると言ってくれたが。明らかに迷惑がかかると分かっていて、了承できるはずもなかった。
かつて大きなスキャンダルにより母親を失った真宵にこれ以上トラウマになるようなことをしたくはない。
成歩堂の想いと面倒に巻き込まれたくない倉院の年寄たちの意見が皮肉にも一致し、半ば無理やりに二人を里へつなぎとめている。
雪深いあの陸の孤島でおきた事件の解決とともに次第に回復し始めた里の権威が後は守ってくれるだろう。
このような醜い視線にさらされるのは成歩堂だけで十分だ。
いや。本来ならば成歩堂とて、出勤する必要はない。

抱えている依頼は全て昨日のうちに断ったか、断られたかで一つとして残していない。
ここへ来たところで新たな依頼人が来るはずもなかったし、ドア越しにもがやがやと煩い中で集中して考え事をするにも不向きだ。仕事になるはずはない。
それならば休業してアパートに引きこもっていればあるいは居場所を知られぬままに居られたかもしれないし、友人の家に逃げることもできただろう。
しかし、成歩堂は思い浮かんだ逃避のどれも選ぶことはできなかった。
もっとも仕事も無くこの法律事務所にやってきたこと自体が現実から逃避した結果なのかもしれない。

「成歩堂さーん!お話聞かせて下さいよ〜!」
「いままで奇跡と言われてきた逆転劇もみんな、ねつ造したものだったんですか!?」
「弁護士として恥しくないんですか!」

口々に好き勝手な事を述べる記者たちに心が苛まれる。
誰もかれも、かつては無責任な称賛を述べた同じ口で、今は栄光すら嘘だったように嘲る。
誓って成歩堂は恥ずべきことをしたことはなかった。少なくとも、自らそのような事をしようとしたことはなかった。
だというのに、何も知らぬ者たちはいつでも簡単に他者を貶めるのだ。
それを改めて身をもって感じることになるとは思っていなかった。
遠い日の幼い声が脳裏に渦巻く。
冷たく、悪意に満ちた無邪気な声。
あの時成歩堂を救ってくれたヒーローは今はここに無く、陰鬱とした空気が残っていた前を向こうとする心さえ蝕んでいく。

もちろん、心配の言葉をかけてくれた真宵たちのような存在がいることを忘れているわけではないが、成歩堂にとって真宵たちは己を慕ってくれる妹のような存在で。家族のありがたみはもちろんあるのだが、無条件の信頼に縋りつくのは怖かった。
信じてくれているのだろうと思っても、ただそれは身内への盲目な情ではないだろうかと考えてしまう。
何とも失礼な事だと分かっているのに一度しみついた思考を取り払うことは容易ではない。



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