『あ、狩魔冥?今から僕、検事局まで行くんだけど。今日いる?』 突然の成歩堂龍一からの電話。 この男の方からかかってくるなんて珍しいわね・・・。 3月なのに雪でも降るのかしら? 思わず厭味が口からついて出そうになったけれど、ぐっと閉じる。 甘い匂いがどことなく漂う今日・・・。 検事局内でも女性事務官たちが嬉しそうにリボンのかかった箱を抱えている姿をなんどか見かけた。 春一番も吹いた後の14日が何の日なのかなんて考えるまでもない。 この国独自の製菓メーカーの陰謀は根付いて久しく。 打算か、或いはくだらない感情に振り回された男女間のやりとりはいつものことだった。 「・・・ええ。最近、大きな事件ばかりで忙しくて書類が溜まっているの。 そろそろ整理する必要があるわ。」 それでもまさか、自分自身がこの日を複雑な心境で迎える時がくるとは予想だにしていなかったけれど。 あえて捜査に飛び回らなくてはいけない仕事をいれなかった、なんて馬鹿な真似はしていない。 ただ、偶然に。 今日の予定が融通のつけやすい書類整理になったことでほっとしている自分がいた。 くだらない感情・・・ そう思うのに。 『よかった、じゃぁ執務室によっていいかな?』 敵であるはずの弁護士からの問いかけに。 「・・・馬鹿でも遠慮というものを知っているとは驚きね。」 返す言葉は否定ではなくて。 『了解、一時間後くらいに寄るから。』 言葉の裏に込めた意味を一瞬の迷いもなく受け取る男が憎らしくて、・・・頬が熱くなった。 書類の処理におわれてふと上を見上げると、時計の長針がもうすぐ360℃の転回を終えるところだった。 電話の通りなら、そろそろあの男がやってくる。 そう思ったとき。 「狩魔検事、今日は嬉しそうッスね。」 頼んだ資料を届けに来ていた、薄汚れたジャケットの襟を立てた刑事がにっと目を糸の様にして笑う姿が目の端に映る。 ・・・見るとイラつく表情ね。 無言で鞭を構えると冷や汗を垂らして「いや、その・・・なんでもないッス!」慌てて扉をあけて出て行く。 標的を失った鞭のやり場に困って。 床をめがけて振り下ろすとパシリと乾いた音が大きく鳴った。 気持ちが引き締まる気がして、手放すことの出来ない鞭。 なんとなく続けてもう一度、音を鳴らした。 「なに・・・まさか普段から鞭の練習とかしてるの?」 不意に聴こえた声に驚いて入り口を見ると、いつもの青いスーツを着た尖がり頭の成歩堂龍一が立っていた。 いつの間に・・・! 気付かなかったことに苛立つ。 「ドアをノックするくらいの常識も馬鹿にはない、という事かしら?」 変なところを見られてしまったという恥ずかしさも手伝って、不機嫌な声だった。 そんなこと、全く気にしない男だったけど。 「ごめんごめん。糸鋸刑事が出てきてすぐだったから、しそびれちゃって。」 苦笑しながら頭をかく仕草は、法廷でも見慣れていた。 「それで?なんの用かしら?あいにく私は忙しいのよ。」 わかっているのに、素直に聞くことはできなかった。 怜侍に媚びる女共のように期待を込めた視線で促すなんてはしたないことは、私のキャラではないわ。 そんな私の態度に苦笑とも微笑みとも違う笑いを浮かべる成歩堂。 表現しにくいその笑顔は・・・そんな私を受け入れようとしているようで、なんだか落ち着かない。 その笑顔は、嫌いな顔じゃなかった。 「うん、バレンタインには素敵なチョコを貰ったからさ。お礼に、と思って。」 そういってカバンから取り出したのは。 申し訳程度に青いリボンが貼り付けられた薄茶の紙袋だった。 当然、ブランドの名前なんてない。 素人臭さが全開の包装をいぶかしく思う。 |