さくらと虹の夢

□未来に咲く花
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「ほぇ〜っ!!」



お決まりな台詞は、今日も木之本家に響き渡った。

「遅刻しちゃうよぉ!」

手早く制服に着替え、鞄を手に取るとそのままの勢いでドアへと直進する。


「さくらぁ!髪がまだボサボサやでっ」

そう言ってさくらを呼び止めたケロは、毎度の如く溜息をついた。

「はぅ〜…、もうやだ」

さくらもケロとは違うため息をついて、鏡の前へ向かう。

「寝坊は中学生になっても直らへんなぁ」

ケロが呆れたように言うと、さくらは頬を膨らませたままジロリとケロを睨んだ。

「だって昨日は寝るのが遅かったんだもん」

さくらが髪を梳かしながら小さく言い訳を零すと、ケロが空かさず声を重ねる。

「あんな遅まで、何を話すことがあんねん!小僧と」

「ケ、ケロちゃんっ!?」

突然小狼の名前を出され、さくらは思わず持っていた櫛を落とした。

ケロの言う通り、昨夜は小狼と遅くまで電話をしていて、寝るのが遅くなってしまったのだ。
そしてその結果がこれなのだから、さくらは何も言えない。
それからさくらは、またバタバタと慌ててドアを開けると、

「それじゃあ、今度こそ行ってきますっ!」

「気ぃ付けてなぁ」

さくらの後ろ姿を見つめながら、ケロは楽しそうに笑った。






「おはようっ!」

さくらは台所に走り込み、テーブルに置かれている撫子の写真へ微笑み掛けた。

「おはよ、お母さん」

撫子の瞳は相変わらず優しく、さくらたちを見守っている。


「おまえ、朝くらいもうちょっと静かに起きられないのか?」

椅子に座った途端桃矢に言われ、さくらはぷぅと頬を膨らませた。

「そんなにうるさくしてないもん!」

さくらが言うと、桃矢はフルフルと首を大きく振って、

「いいや!あれはどう考えても怪獣がいたとしか思えないほどの…」

「さくら怪獣じゃないもんっ!」

怪獣という言葉に反応して、さくらは思わず身を乗り出して声を上げる。
その姿に桃矢はふふんと鼻を鳴らし、朝食のウィンナーを頬張った。

「きぃ〜っ!お兄ちゃんの意地悪っ!」

さくらは顔を真っ赤にして、ドスンと椅子に座る。

「おい、その椅子怪獣用じゃないんだからもっと静かに座らないと壊れるぞ」

「な…なんですってぇ〜!!」

フルフルと拳を握り締めるさくらを横目に、桃矢は澄まし顔で朝食を平らげ、そそくさと皿を片づけ始めた。
その様子に、さくらは不思議そうに声をかける。

「あれ?もう出るの??」

桃矢は鞄を肩に掛けると訝しげにさくらを見つめ、

「おまえ、時計も読めなくなったのか?」

「ほぇ?」

桃矢に言われて、初めて時計に目をやったさくらは口に入れた味噌汁を思わず吹き出しそうになった。

「ほぇぇ〜〜〜っ!もうこんな時間っ!」

それから、一気に朝食をかき込んで皿を流しへ運ぶと、口許を抑えながら鞄を手に取った。

「い…いってきまぁ〜ふ‥っ」

呆気に取られる桃矢の横をすり抜け、玄関へ向かう。

「あ、さくら!今日父さんいないから夕飯の買い出し忘れるなよっ」

「ふぁ〜い…っ」

玄関から返事が聞こえて、桃矢はため息をついた。

「…ったく、朝起きられないくせに遅くまで電話なんかしてるからだ」

そう呟いて、鞄を背負いなおした。











「はぅ〜っ!やっぱりもっと早く寝れば良かったよぉ」

学校までの道のりを全力疾走しながら、さくらは呟いた。
そして、昨夜の小狼の電話のやりとりを思い出して、思わず頬を染める。
小狼が友枝に帰ってきてから、三か月が経とうとしていた。

「この道で、再会したんだよね」

さくらは懐かしそうにその道を眺め、目を細める。

「ホントに嬉しかったなぁ…」

桜の満開だった道も、今は鮮やかな新緑に染まり、夏の匂いを感じさせていた。
そして空気を大きく吸い込んで、我に返る。

「あ、いけないっ!遅刻っ」


そう言って勢いよく走り出し、そのまま角を曲がった瞬間視界に人影が入った。
けれど、人間も車と同様、一度走り出してしまうと急には止まれない。

「ほぇっ!」

危ないと思ったと同時に身体に強い衝撃を感じてバランスを崩した。

「…わっ!」

驚く相手の声が聞こえて、そのまま将棋倒しになる。

「いった‥ぁ」

さくらは反射的に閉じた瞳をゆっくりと開けて起き上がろうと上体を起こした。

「…ごめん、大丈夫?」

すると自分の真下から声が聞こえて、さくらは驚く。

「ほぇ?」

さくらはこの時初めて自分が相手の上に乗っていることに気がついた。

「ほぇぇぇええっ!ご、ごめんなさいっ」

さくらは顔を真っ赤にさせて、急いでその少年から離れた。
そして手を差し伸べると、少年は、

「ありがとう」

と、その手を握って起き上がった。

「ホントにごめんなさい、急いでて…っ」

さくらが改めて頭を下げると、少年は屈託のない顔で笑って、

「いやいや、気にしないで!おれもちゃんと見てなかったから」

と、困ったように頭を掻いた。

「ありがとうございますっ」

少年の言葉に、さくらはホッとしたように笑みを零す。

「…ぇ」

少年はさくらの笑顔をしばらく見つめて、やがて我に返ったようにアタフタと慌てた。

「あっ!急いでるんじゃなかった!?」

「ほぇっ!そうだった!じゃあ、わたしはこれで…っ」

さくらは口早にそう告げてもう一度頭を下げると、小走りにその場を駈け出した。

「うん、気を付けてねっ!」

少年はさくらの後姿を見送りながら、

「同じ制服ってことは…友枝中か」

そうポツリと呟いた。
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