さくらと星の夢

□君が好きなだけだよ
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夕暮れだった公園は、もうすっかり日が沈み辺りは暗くなっていた。
公園にある街灯が頼りなさ気に辺りを照らしている。

それでもさくらはブランコに座ったまま、動けないでいた。
見知らぬ街をがむしゃらに走ったせいで、ここが何処なのかも分からない。

遠くで車の行き交う音が絶えず聞こえた。


「わたし、どうしたらいいの…?」


声に出せば急に心細くなって、さくらはぎゅっと目を瞑った。


逢いたい…っ。


心の中で叫ぶ本音が涙と一緒に溢れ出る。




「さくらっ」

「…っ」


今一番聞きたい声がさくらの名前を呼んだ。
一瞬空耳かと思ったが、顔を上げるとすぐにその姿が目に入って、さくらは思わず立ち上がる。


「…小狼くんっ」


小狼は駆け寄った勢いのままその身体を抱きしめた。


「良かった…」

「小…狼く‥っ」


冷え切った身体に伝わる小狼の温もりに、さくらは縋るようにその背中に腕を回した。


「ごめ…なさ‥わたしっ」

「いいから…とにかく無事で良かった」


小狼は存在を確かめるようにさくらの頭を何度も撫でた。

さくらも身体を預けるようにして小狼の胸に顔を埋める。
お互いの温もりを共有するように、二人はしばらくそうしていた――――。




「あの子は百合といっておれの親戚だ」

「でも百合って日本の名前だよね」


少ししてさくらが落ち着くと、小狼は昼間の事を話し始めた。
あんなに聞くのが怖かったのに、不思議と今はちゃんと聞く事が出来た。


「あぁ、百合の母親が日本人だからな」

「そうなんだ…」

「小さい頃からよく家に来てた」


小狼はさくらの手を握ったまま続ける。


「けど、百合は昔から身体が弱くて、今も良いとは言えない状態だから…」

「…っ」


その瞬間、さくらの胸がチクンと痛んだ。

それを聞けば、昼間の様子だって納得がいく。

きっと調子が悪くて小狼に寄り掛かっただけなのだと。

それなのに自分はちゃんと話も聞かずにやきもちを妬いたりして、百合に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

さくらは小狼に向き直ると、口を開いた。


「小狼くん、わたし‥百合さんに謝りたい」

「…え」

「だってわたし事情も知らずにやきもち妬いたりなんかして…」


そこまで言うと、再びさくらの瞳から涙が溢れ出る。
小狼は困ったように笑うと、その涙を指でそっと拭った。


「知らなかったんだから仕方ないだろ?ちゃんと言わなかったおれも悪いんだし」

「そんなことないよっ、わたしが…っ」


さくらの言葉を遮るように小狼は唇を重ねた。


「…っ」


すぐに離れた唇は夜の風に晒されてひんやりと冷たい。


「それに、百合は全然気にしてなかったよ」

「でも…」


それでも納得のいかないさくらに小狼は苦笑いを浮かべると、その身体を抱き寄せる。


「明日改めて百合に紹介するよ」

「…うん、ありがとう」


小狼の言葉に、さくらは安心したように目を閉じた。

そんなさくらを強く抱きしめて、小狼が言う。


「…頼むからもう一人で急にいなくなったりしないでくれ」

「ご、ごめんなさい…」


そしてしゅんと落ち込むさくらの耳元に顔を埋めて、小狼は小さく囁いた。


「…やきもち妬いてくれるのは大歓迎なんだけどな」

「ほぇ…っ」


さくらが顔を上げるのと同時に、唇がふわりと塞がれる。

今度はゆっくりと。

お互いの温もりを感じるように。
そっと目を閉じたさくらの瞳から、温かな涙が零れ落ちた…―――――。












わたしはもう、あなたなしではダメみたい。

胸が苦しくなるのも温かくなるのも、涙が出るのも…あなたが傍にいてくれるから。

それは私が確かに此処に在るという証。

どんなに苦しくても、あなたが抱きしめてくれたらそれは直ぐに喜びに変わる。

ね、どうかこれからもずっと傍にいて欲しい。

ずっとわたしに、あなたを感じさせていて…。













後日、百合と改めて顔を合わせたさくらは挨拶よりも先に、


「ごめんなさいっ」


と、謝った。

百合はきょとんとした瞳をしてやがてふわりと笑う。


「小狼の言ってた通り、やっぱり可愛いわね、さくらさん」

「………」

「…ほぇ?」


小狼は何も言わずに顔を背けた。
そして片手で覆った顔は、耳まで真っ赤に染まっていたとかいないとか――――――。








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