さくらと星の夢

□君が好きなだけだよ
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足早に歩く小狼に手を引かれ、自然と小走りになっていたさくらは息を乱しながら小狼に声を掛ける。


「しゃ‥小狼くんっ、もう少しゆっくり…っ」


さくらの声に小狼は我に返ると、突然立ち止まった。
同時に勢い余ったさくらは小狼の背中に顔をぶつける。


「‥わっ!」

「悪いっ、大丈夫かさくら」


小狼はすぐに振り返ってさくらの顔を覗き込んだ。
さくらは鼻を摩りながらコクコクと頷く。


「さっきの人、小狼くんのお友達?」

「…まぁ、そうだな」

「気さくな人だね」


さくらがそう言って笑うと、小狼は呆れたようにため息をついた。


「あいつは只の女好きだ」

「ほぇ?」


小狼が余りにぶすっとした顔で言うので、さくらは思わず吹き出してしまう。

香港へ来たせいなのか、普段見られない小狼の姿が嬉しくて仕方がなかった。
偶然だったけれど小狼の友達にも会う事が出来た。

身長が高くて爽やかな笑顔が印象的で、もう少し話してみたかったなとさくらは考えてふと思う。

少年が言っていた、「百合」という女の人の事を。

この名前を聞いた瞬間、明らかに小狼の表情が変わった。
困ったような、嬉しいような複雑な表情にさくらの心臓がドクンと脈打った。


誰なのか、知りたい。

けれど怖くて聞けない。


さくらは俯いたまま考え込む。
一度芽生えた疑心はもの凄い速さで膨らんでいく。

自分がこんなにやきもちを妬く人間だったなんて、思いもしなかった。

たった一度「百合」という名前を耳にしただけなのに、こんなにも胸が苦しくなる。

さくらは唇を噛み締めて顔を上げた。


「あのね小狼くん、さっきの…っ」


さくらの言葉は突然途切れた。

言葉を投げかけた本人がいなかったからだ。
さくらは慌てて辺りを見回す。


「あれ?小狼くん?やだ‥はぐれちゃったのかな…」


さくらは一歩も動いてないので、恐らく小狼から離れていったのだろうとさくらは考えた。

取り敢えず人混みを掻き分けながら小狼の名前を呼んでみる。
はぐれたとしてもそんなに時間は経っていないので、すぐに見付かる気がした。


「小狼くんっ、小狼くんっ」


そして角を曲がった時、さくらの予想通りすぐに小狼を見付ける事が出来た。


「良かった、小狼く…っ」


さくらがホッと安堵の息をついて駆け寄ろうとした瞬間、その足はピタリと止まってしまった。


小狼は、一人ではなかった。

隣には少女が俯き加減に立っている。

さくらの鼓動が早鐘のように鳴り響いた。
ざわざわと胸の辺りも気持ち悪い。


瞬間少女のさらりと伸びた黒髪が大きく揺れた。
そして小狼の胸にその顔を埋める。


「………っ」


さくらはその場から駆け出す事も、声を掛ける事も出来ずに、只目の前の二人を見ていた。


苦しい。


張り裂けそうになる胸を押さえて、さくらは気持ちを落ち着けようとゆっくりと呼吸を繰り返す。

大丈夫、信じているから。

ドクン、ドクンと心臓が煩い。


けれどさくらの気持ちとは裏腹に、小狼の手は少女の肩にそっと添えられた。


「…………」


こんな所で泣くつもりなんてなかったのに、次第に霞んでいく視界が二人の姿を曖昧に映し出す。

夢でも見ているようだった。
忙しなく行き交う人達の中で、二人がまるでスローモーションのように見えた。


突然、ドサッという音がしてさくらは我に返る。
見れば足元に自分の鞄が落ちていた。

その音に小狼も振り返る。


「さくらっ」


その声にさくらと少女が同時に顔を上げて、瞬間二人の視線が絡み合った。


「あ‥」


喉が張り付いて上手く声が出ない。
言いたい事があるはずなのに、何を言えば良いのか分からなかった。


気が付くとさくらは鞄を拾ってその場を駆け出していた。


「おいっ、さくらっ」


小狼の声が後を追ったが、さくらは止まる事なく走り続けた―――――。



「…くそっ、追いかけないと‥っ」


小狼が小さく舌打ちすると、黒髪の少女がおっとりと話し掛ける。


「もしかして、あの人がさくらさん?」

「‥あぁ」

「可愛いらしい人ね、早く追いかけてあげて?」


少女の言葉に小狼はこくりと頷いた。


「身体はもう大丈夫なのか?」

「もう平気よ、ありがとう。それよりさくらさんを」

「あぁ、すまない百合」


小狼はそう言い終わるが早いか、踵を返すと急いで駆け出した。

小狼の後ろ姿を見送りながら、百合は苦笑いを浮かべる。
そしてポツリと呟いた。


「何だか、さくらさんに悪い事しちゃったみたい…」
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