さくらと星の夢

□好きとはちみつ
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「しゃ、小狼くん‥重くない?」


さくらは小狼の肩越しに話しかけた。


「全然」


短く返って来た小狼の言葉に、さくらは何だか照れくさくなって、そのまま顔を埋めた。


「さくら、しんどいのか?」


小狼が心配そうに声を賭ける。さくらをおぶっている小狼には、その顔が見えない。
けれど、さくらにはその方が有り難かった。
頬が熱いのは熱のせいだけではない事に気が付いていたから。
さくらはふるふると首を横に振って、「大丈夫」と付け加えた。


「それにしても、いくらテストだからって熱があるのに、どうして無理して学校に来るんだ」


小狼が独り言のように呟くと、


「だって…」


と、さくらの声が続いた。


「だって、今日は数学だったから‥」


「‥え」


「今日は、小狼くんが教えてくれた数学だったから、どうしても出たかったの…」


さくらはそう言いながらはにかむように笑った。


「そ、そうか…」


小狼はそれ以上何も言わず、黙り込んでしまった。


「…小狼くん?」


肩越しに聞こえたさくらの声に、小狼は身体を震わせる。
今さくらに自分の顔を見られたくはなかった。

そしてこんなに顔が熱くなるのは久しぶりだと、何処か冷静に考えて、


「いや、なんでもない」


そう一言返した――。












「さくら、着いたぞ」


小狼はさくらを部屋のベッドへ座らせて、


「着替えられるか?」


と、顔を覗き込んだ。
さくらはコクリと頷き、部屋の中を見渡す。


「…あれ?ケロちゃんがいない」

「あぁ、ケルベロスなら大道寺が…」


小狼はそう言いかけて、口を噤んだ。
そして、さくらに着替えを促して自分は部屋の外に出る。


「ふぅ…」


部屋のドアに凭れると、自然とため息が零れた。
別にケロの居場所を告げても問題はなかった。
けれど、こんなところでさくらにいらない心配は掛けたくなない。
そんなこと、気に留める程の事ではないのかも知れないが、小狼の性格上そういうところを気にしない訳にはいかないのだ。




「…終わったよ、小狼くん」


やがて部屋の中から小さな声が聞こえると、小狼はそっとドアを開けて顔を覗かせた。
見れば、さくらはきちんとパジャマに着替えベッドに潜り込んでいる。


「薬を飲むにしても何か食べないとな…」


小狼はベッドの脇に腰を下ろして呟いた。
そしてしばらく考えて、今度は徐に立ち上がる。


「どうしたの?小狼くん…」


さくらの瞳は不思議そうに小狼に問い掛けた。


「台所、借りるぞ」

「え…で、でも‥」


小狼の言葉にさくらが戸惑っていると、不意に何かが頬に触れて、思わずぎゅっと眼を閉じる。


「ほぇ…?」


それが小狼の唇だと気付くのにしばらく時間が掛かった。
そしてそっと眼を開けた時小狼の笑顔を目の前で感じて、さくらの心臓がドクンと跳ね上がる。


「心配しなくていいから、大人しく寝てろ」


それに続くのは、少し低い、やわらかな声。

さくらは部屋を出ていく小狼の背中を見つめながら、風邪のせいだけではない熱が、上がっていくのを感じていた―――。
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