さくらと星の夢
□いちごけーき
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「さくらぁ…、まだかぁ〜??」
ケロは少しうんざりしながらさくらに声を掛けた。
「まだもうちょっと」
返って来るのはいつ終わるかも分からない『もうちょっと』。
ケロは何度となく同じ言葉を繰り返し、その度に深くなるため息をついていた。
目の前には甘い香りを漂わせて、誘惑してくるケーキ。
こんな間近に美味しそうなケーキがあるのに食べる事が出来ない現実に、ケロは些か限界を感じていた。
そして、それに誘われるようにケロのお腹が「ぐぅぅぅぅぅ…」と、一声。
「あ‥あかん、こんなん拷問やぁ…っ」
無意識に伸ばされる手はぷるぷると震えている。
ケロはチラリと仕切りの向こうへ視線を移した。
さくらは知世が作った、何着あるのか分からないコスチュームの試着をしている。
時折聞こえて来る知世の歓喜の声が、それが未だ終わらない事を告げていた。
ゴクリと唾を呑む。
ケロは念のため、もう一度さくらに声を掛けた。
「さ‥さくら〜、まだかぁ??」
「まぁだ」
望んでいた答えが返って来て、今度はホッと胸を撫で下ろす。
そして、そのままケーキの入った箱の蓋をそっと開けた。
それと同時に更に甘い香りが、ケロの鼻を通り抜ける。
思わず口許がにんまりと緩んだ。それも無理はない。
真っ白な生クリームに包まれたスポンジの上には、真っ赤な苺が惜しみなく使われ、その実は大きくツヤツヤと輝いている。
それは、少なくともケロには、まるでこれから自分に食べられる事を喜んでいるかのように見えた。
「一個だけ…」
ケロは小さく呟いて手前の苺を手に取る。
そしてそれを何の迷いもなく口の中へ放り込むと、口の中には苺の甘酸っぱさと生クリームの甘さが適度に混ざり合って、ふわりと広がった。
「ん〜‥ぅまいっ!」
今まで我慢していた分もあって、その苺はこれまでに食べた事がない程の味に思えた。
もう一つ食べたい衝動に駆られ、ケロはその手を伸ばした。そしてハタと気付く。
「これやったらワイがつまみ食いしたんがバレバレやな…」
ケロは少し考えて、やがて一つの答えに辿り着いた。
「こっち側の苺も食べてしもたらええんちゃうか」
そう言いながら先程食べた苺と向かい合わせになっている苺を手に取り口に含んだ。
「あ!せやけどこれやったらクリームでバレるな‥」
今度は苺が乗っていた部分のクリームを、傍にあったフォークで掬ってペロリ。
「むっちゃ美味いっ」
ケロは小さく身震いしながらフォークに残ったクリームを綺麗に舐め取った。
そして所々クリームの禿げたケーキをじっと見つめ、首を傾げる。
「ぅ〜ん‥なぁんかバランス悪いなぁ」
言ってまた苺をパクリと口へ運んだ。
「ということはこっちの苺も…」
「ほんならここのクリームが…」
ブツブツと呟きながらそれは繰り返された…――――。
一方仕切りの向こうにいた知世は、さくらにビデオカメラを向けながら、あれだけ騒いでいたケロの声がピタリと止んだのを不思議に思いながらも、何となくその訳が分かった気がしてクスリと笑った。