さくらと星の夢

□なにが好き?
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二人はゆっくりと歩き、一枚目の立札を読み上げる。


「『好きな食べ物はなんですか?』だって」

「…なんだそれ」


あまりにくだらない質問に、小狼は眉を上げた。
けれどさくらは「好きな食べ物かぁ」と真剣に考え込んでいる。

しばらくして決まったのかさくらはうん、と頷いた。
そして誰に向かって言うでもなく、


「わたしの好きな食べ物は、麺類!」


と、答える。
すると何処からともなく、「ピンポーン」という派手な音が鳴り響いた。
瞬間二人はビクッと身体を震わせる。


「ビックリした…」

「…………」


それにしても、先程の「ピンポーン」という音は良くテレビのクイズ番組などで聴く正にそれだった。
未だにクロウの気配が続いているので警戒して身構えているというのに、この間抜けな音に何だか馬鹿にされている気分だと、小狼は思った。


「次は小狼くんだよっ!」


さくらはこの状況に既に順応しているようで、小狼に答えを促す。
本当ならばこんな訳の分からないゲームに付き合いたくはなかったが、クロウの気配が続いていることと、最初の立札に書かれていた「大変な事が起きる」という言葉が引っ掛かっていて、小狼は渋々立札の質問に答えた。


「…おれの好きな食べ物は、チョコレート」


小さく呟いたにも関わらず、先程と同じ様に「ピンポーン」という間の抜けた音が何処からともなく響いた。
その音に小狼の溜息は深みを増す。
それと同時に役目を終えた立札はすぅーっと消えていった。


「とりあえず、一つクリアだね!次、行こう?」

「…そうだな」




それからまた少し歩いて次の立札に辿り着いた。
そこに書かれた文章をまた読み上げる。


「今度は、『嫌いな食べ物は何ですか?』だって」

「…よし、さっさと答えて次に行くぞ」

「うん!」


小狼は開き直ったように頷いた。
そして今度は小狼から質問に答える。


「おれの嫌いな食べ物は、こんにゃくだ」

「あ!わたしも!嫌いな食べ物はこんにゃくなの」


小狼の言葉にさくらが便乗するように手を上げた。
すると今度は二回続けて「ピンポーン」が鳴り響く。
それと同時に立札が消えた。


「あ、これで良かったんだ」

「みたいだな…」


あまりにも簡単なクリアに二人は思わず呆気に取られる。
そしてさくらは照れくさそうに、頬を掻いた。


「小狼くんもこんにゃく、苦手なんだね」

「え、あ…あぁ。まぁ、な」


さくらの言葉に小狼もなんだか恥ずかしくなって、顔を背ける。


「…次、行こっか?」

「そう、だな…」


少しぎくしゃくしながら二人は次の立札を目指して歩き始めた。





それから二人は何枚もの立札を難なくクリアしていった。
好きな花、好きな科目、誕生日、苦手な事…――。
中にはどうでも良い質問もあったが、二人は根気よく答えて行きなんとか玄関まで辿り着くことが出来た。


「良かった!最後の一枚だよ、小狼くん!」

「やっとか…」


そして立札の前まで来た二人は、同時にそれを覗き込む。
最初に読み上げたのはさくらの方だった。


「『今、あなたに好きな人はいますか?また、それは誰ですか?』って、……ほぇぇっ!?」

「な…っ!?」


最後の最後で、小狼はがっくりと項垂れた。
これを、正直に答える訳にはいかない。
そんなことをしたら…っ。
小狼がぐるぐると頭を悩ませる中、さくらは頬を真っ赤に染めて俯いている。
そして何かを決心したように、パッと顔を上げた。


「…これで最後だもん、恥ずかしいけど……」


小さく呟いて、大きく息を吸う。


「…今わたしには好きな人がいます。それは………雪兎さんです」


最後の方は殆ど消えかかっていたが、小狼にはハッキリと聞こえていた。
ちくりと胸が痛む。
もちろん分かってはいたが、改めて本人の口から聞かされるとやはり落ち込んでしまう。
小狼が睫毛を伏せるのと同時に、またあの音が鳴り響いた。
今回は余計に腹立たしく聞こえる。

小狼が黙ったままでいると、さくらが小さく首を傾げた。


「どうしたの?小狼くん」

「え…、いや‥なんでもない」

「次、小狼くんの番だよ?」


頬を染めながら言うさくらを見て、小狼は悩んでいた。
ホントの事を言うべきか、言わないか。

小狼はふと一番最初に読んだ立札のことを思い出す。

本当のことを言わなければ大変なことが起きる。

出来ればさくらを危険な目に合わせたくはなかった。
このまま無事に終わる事が出来るのなら、それが一番良いに決まっている。
けれどそうすればさくらは小狼の気持ちを知ってしまうことになる。

いやしかし、そもそも正解と不正解は一体誰が判断しているのだろうか。
月以外に自分の気持ちは知られていないし、さくらも未だ小狼は雪兎が好きなのだと思っている。
ならばそう言ってしまえばいいのでは、と小狼はさくらを見る。

二人でここから出る為に、恥ずかしがりながら本当のことを言ったさくら。
それなのに、自分は嘘をついていいのだろうか。
しかもそれが嘘だとバレたら『大変なこと』が起こってしまう…。

小狼は決心出来ないでいた。


するとさくらがその顔を覗き込むようにして、問いかける。


「小狼くん!小狼くんの好きな人ってやっぱり……」

「…えっ!」


さくらの口が「雪兎さん」と動く前に小狼は声を上げていた。


「おれには好きな人はいない……っ」

「え…っ!?」


反射的に出た言葉に小狼はハッと口許を抑える。


「しま…っ」


その瞬間、初めて「ブブーッ」という音が鳴り響いた。
そして何処からともなく無数の糸が二人を捕まえる。


「きゃぁぁああっ」

「くそっ!」


今まで順調だったこともあって、完全に油断していた二人は向かって来る糸を避ける事が出来ず、あっという間に身体中に巻きついた。
それはギリギリと音を立てて身体を締め上げていく。


「うっ…」


力に耐えきれずさくらの手から封印の杖がカランと落ちた。
小狼は何とか糸を解こうと身を捩るが、動けば動くほど糸は身体に食い込んでいく。
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