さくらと星の夢
□心の言葉
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朝起きると、小狼くんの姿はもうなかった。
冷え切ったベッドに手で触れて、随分前に抜け出したことを知る。
「おはよう…小狼くん」
わたしは相手に届かない挨拶をして、起き上がった。
その瞬間甘い香りが鼻を擽って、わたしは首を傾げる。
この香りは、ココア…?
でも、小狼くんはもう家を出て…。
わたしはそこまで考えて、急いでリビングへ駆け出した。
そしてリビングのドアを勢い任せに開けると、驚いた表情を浮かべた小狼くんがマグカップを持って立っていた。
「小狼くん、どうして?」
今日も早いって昨日言ってたのに、どうしてこんな時間にいるの?
テーブルを見ると、トーストにスクランブルエッグやソーセージが彩りよく並べられていて。
「おはよう。そろそろ起こしに行こうと思ってたんだ」
そう言いながらテーブルへ促されて、わたしは黙って椅子へ座った。
「これ、全部小狼くんが作ってくれたの?」
「あぁ、急に予定が変わってな。けどもう少ししたら出るよ」
一緒に朝ご飯なんてどれくらい振りだろう。
しかも小狼くんが作ってくれるなんて、すごく嬉しいけど何だか少し申し訳ない。
「…いただきます」
わたしは胸の前で両手を合わせて、朝ご飯を食べ始める。
…やっぱり小狼くんの料理はいつ食べても美味しい。
今、話してみようかな?
「あのね、小狼くん…」
わたしが話しを切り出そうとすると、突然小狼くんが立ち上がった。
「どうしたの?」
「悪い、もう出ないと」
小狼くんはそう言って、マグカップに残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「え、もう?」
小狼くんをお見送りしようとわたしも慌てて立ち上がる。
けれどその瞬間、視界がグラリと揺れてバランスを崩した。
床に膝を付きそうになった時、小狼くんが何とか受け止めてくれる。
「さくら!どうした!?」
「あ、ごめんなさい…」
目を閉じて揺れが治まるのを待ってから、小狼くんに支えられてゆっくりと立ち上がった。
「大丈夫だから…」
「昨日遅くまで起きてたからじゃないのか?」
心配そうに顔を覗き込む小狼くんに、わたしは笑顔を見せて曖昧に答えた。
でも、こうなった原因は分かっている。
それこそが、わたしが今小狼くんに聞いて欲しいことだから。
「少しベッドで休んだ方がいい。見送りはいいから」
小狼くんに言われるまま、わたしは寝室のベッドへ寝かされた。
今日はなるべく早く帰ってくるから、って言い残して小狼くんは仕事へ出かける。
今までそう言って出かけたことは何度もあったけど、一度も早く帰ってくることはなかった。
お仕事が忙しいんだって分かってるけど…。
それでもこうして一人家の中で小狼くんの帰りを待つ時間ほど寂しいことはない。
まだ少しフラつく頭を手で抑えて、わたしは天井を見上げた。
しんと静まり返る部屋に、自分以外の気配はない。
「ふぅ…」
吐き出されるため息も、行き場を失って部屋を漂い消えていく。
わたしは目を閉じて、小狼くんのことを考えた。
優しい笑顔、強い瞳、甘い声、ふわりと触れる指先から伝わる温もりにいつも安心していた。
それが、わたしにとっての全てだから…。
小狼くん、こんなに近くにいるのにすごく寂しいよ。
心が、とても遠い…―――――――。