さくらと星の夢

□君が好きなだけだよ
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どうしてこんな事になったんだろう…。

折角楽しい気持ちでいられたのに。

あなたを好きになればなる程自分の中の嫌な部分が見えてくる。
黒くてどろどろしたものが胸の奥から溢れ出して。

わたしはこの気持ちを知ってるのに…、自分ではどうする事も出来ない。

わたしは、そんなに大人じゃないもの…。

信じてるのに、…ごめんなさい。












さくらは見知らぬ公園のブランコに一人座っていた。
夕暮れを告げる太陽はオレンジ色に染まり、その光りは反射して街を映している。

軽くブランコを揺らせば、錆び付いた鎖がぎこちなく音を立てた。

それはまるで今の自分の心のようだとさくらは思う。


気持ちに余裕がない訳ではなかった。
信じていない訳でもない。

ただ、好き過ぎただけ。

頭より感情が、気持ちより身体が先に動いて、気が付いたら此処に居た。


荒い呼吸を繰り返す度に、心がギシギシと音を立てる。

驚いた顔で自分を見る小狼の瞳が、鮮明に頭に張り付いて離れない。

けれど、さくらは抑え切れないこの気持ちが何なのかちゃんと分かっていた。


「…やきもち」


ポツリと呟けば、吐き出された息と共に目の奥が熱くなる。

軋む心に潤滑油を求めて空を見上げると、一筋の涙が頬を伝った。

これがやきもちだと分かっていても、それを抑える術をさくらは知らない。

気持ちの正体を、知っているだけ。

つくづくこんな自分が嫌になると、さくらは思わずため息をつく。

…もしかしたら、小狼に呆れられたかも知れない。

嫌われてしまったかも知れない。

考えれば考える程気持ちが落ち込んだ。


つい数時間前まで、さくらも小狼も笑っていたのに。

あの時小狼とはぐれたりしなければ良かったのに。


「小狼くん…」


さくらは小狼の名前を呼んで唇を噛み締めた――――。














数時間前、さくらと小狼は街を歩いていた。
街といっても、さくらには見知らぬ街、小狼にとっては見慣れた街。

二人は冬休みを利用して香港へ来ていた。
さくらが香港へ来たのは今回で二度目になるが、前回は不思議な事件に巻き込まれてきちんと観光が出来なかった。

しかもその頃さくらは雪兎の事が好きで、小狼も雪兎に惹かれていた。
なので小狼の家に行っても特に気にはしていなかったが、今回は違っていた。

小狼の恋人として香港に来るという事は、さくらにとってとても特別な事だった。


「何だか嬉しいな、小狼くんと一緒に香港へ来られるなんて」


さくらはスキップでもしそうな勢いで、小狼を振り返る。


「そうだな」


小狼もそんなさくらを嬉しそうに見つめ、頷いた。
いつも通りの賑わいを見せる街並みは、小狼に懐かしさを感じさせる。

どんどんと先を歩いていくさくらの手を取ろうと腕を伸ばした時、後ろから名前を呼ばれて小狼は振り返った。


「李っ!李、だよな?」

「…え」


その声にさくらも立ち止まって振り返る。
するとスラリと背の高い少年が手を振りながらこちらへ走って来るのが見えた。

少年は器用に人混みを掻き分け、さくらと小狼の元へと駆け寄る。
小狼はその少年の顔を見た瞬間僅かに顔を顰めた。


「なんだ、帰ってたんなら連絡くらいしてくれてもいいのに」


少年の言葉は分からなかったが、とても気さくな雰囲気から小狼と仲がいいのだろうとさくらは思った。
けれど、小狼のそれほど嬉しそうでもない様子に僅かに首を傾げる。


「…すぐまた日本に戻るから」

「そうか、それにしても相変わらずだな、李は」

「どういう意味だ?」

「いや?そういう所が」


少年は小狼の険しい表情を少しも気にした様子もなく、あっけらかんと笑った。
そして少年の興味はさくらへと移される。

普段と違う言葉で話す小狼に釘付けになっていたさくらは、自分に注がれる視線に気がつくと驚いて声を上げた。


「ほぇっ!」

「可愛いな、李の彼女?」


小狼はすかさずさくらの前に移動する。


「そんなに警戒するなよ、取って喰う訳じゃないんだし」

「…お前ならやりかねない」

「はは、言うね〜」


さくらは二人の言葉が分からず、小狼と少年を交互に見た。

爽やかな笑顔が似合う少年と、無愛想なままの小狼。
一見仲が悪そうにも見えるが、さくらは小狼が本気でこの少年を嫌がっている訳ではないと、何となく分かった。


「そういえば、さっき百合を見掛けたけど」

「百合を…?」


何を言ってるのか分からない言葉の中で、唯一「百合」という日本語だけが聞き取れて、さくらは顔を上げる。


「あぁ、あいつも李に会いたがってるんじゃないか?」

「………」


百合の花の話をしているにしては小狼の表情が不自然な気がした。
という事は「百合」という女性の名前だろうかと、さくらは考える。
瞬間、胸の辺りがざわついた。


「…行こう、さくら」

「え!い、いいの?」


小狼はさくらの手を取ると少年に背を向けて歩き始める。
突然の事にさくらは戸惑いながらも、少年に小さく頭を下げて小狼の後を追った。

少年は相変わらずニコニコと笑いながら二人に手を振る。
そして、背中を追いかけるように続けた。


「今度はちゃんと紹介してくれよっ!」


少年の言葉に小狼はチラリと視線を向けたが、歩みを緩める事はなかった。
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