さくらと星の夢

□狼注意報
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その音は、静かだった部屋に前触れもなく響いた。


…――ガシャーンッ―――……


リビングで本を読んでいた小狼は、突然聞こえた破壊音に思わず飛び起きた。
そして音のしたキッチンへ急いで駆け寄る。


「さくらっ、大丈夫か!?」


小狼が覗き込むと、割れたお皿の前で屈み込むさくらの姿が目に入った。
さくらは小狼の問いかけには何も答えず、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には微かに涙が滲み、身体はふるふると震えていた。


「さくら、どこか切ったのか!」


何も言わないさくらの手を、小狼は慌てて掴む。
けれど、小狼が見る限り、さくらの手には傷は出来ていないようだった。
ホッと胸を撫で下ろしながら、小狼はもう一度さくらに問い掛ける。


「…大丈夫か?」


するとさくらはようやく、小さな声を絞り出した。


「…ごめんなさい、小狼くんが大事にしてたお皿……割っちゃって…」


そう言ってさくらは割れたお皿の破片をそっと拾って小狼の方へ向ける。
見れば、それは確かに小狼が大切にしていたお皿だった。
それをしばらく見つめて、小狼は小さく溜息をつく。


「さくら、皿なんていつかは割れるものなんだぞ。そんなことより、さくらに怪我がなくて良かった」

「…小狼くん、ホントにごめんなさいっ」


小狼は、それでも俯くさくらの頬をそっと包み込んで、上を向かせる。
そしてくるくると動く瞳に視線を合わせて、そのまま口付けた。
瞬間、さくらの頬がポッと色づく。


「小…狼く‥」

「いいから、もう気にするな」


小狼の言葉に、さくらは少し考えて、徐に顔を上げた。


「ね、小狼くん!なにかしてほしいことないっ?」

「は?」


さくらの突然の質問に、小狼は首を傾げる。


「お詫び…というか、わたしの自己満足なんだけど……、でもなにかしたいの」


さくらの目は至って真剣だった。小狼は少し困ったように空を仰いで考える。


「急に言われてもなぁ…」


考え込んだまま、中々答えない小狼に、さくらは待ちきれない様子で立ち上がると、


「なんでもいいからっ」


そう言って小狼を見下ろした。
その瞬間、小狼の身体がピクリと動く。そしてゆっくりとさくらを見上げると、確認するように、もう一度繰り返した。


「…なんでも?」


「ほぇ?…う、うん。なんでも大丈夫だよ」


少し表情の変わった小狼の様子に、さくらは思わず構える。
小狼は楽しそうに頷くと、さくらをリビングへ促した。


「しゃ‥小狼くん?お皿、片づけないと…っ」


小狼に手を引かれながら、さくらは慌てて口を開く。けれど小狼は、


「後でやるから」


と、振り返らずに答えた。









「じゃあさくら、早速だが…」


小狼はさくらをソファに座らせると、その前へ自分も屈み込んだ。


「今日の晩御飯、作ってくれるか?」

「ほぇ?そんなことでいいの?」


さくらは正直、もっとすごいことを言われるんじゃないかと思っていた。
けれど、小狼の思いがけないお願いに、さくらは拍子抜けしてしまったのだ。


「あぁ」


小狼が頷くと、さくらの表情はぱぁっと明るくなって、


「分かった!まかせてっ」


と、勢いよく頷いた。


「わたし、台所片づけてくるね!」


さくらはそう言って、鼻歌混じりにキッチンへ向かい始める。



「まぁでも、それだけじゃないんだけどな」

「…ほぇ?」



突然聞こえた小狼の言葉に、さくらは思わず立ち止まった。
そして視界に入った小狼の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。


「なんでも、って言っただろ?」


その瞬間、さくらの顔が凍りついた。
自分が言い出した手前、嫌だと言うわけにもいかず、さくらは引き攣った表情のまま、頷いたのだった。


「はぅ〜…」
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