短編

□瀬をはやみ
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水面に沈んで行く愛しき恋人を、長曾我部元親は慈しむような視線で見下ろす。
この時期の水は冷たい。
この水と同じ位に冷たいと、囁かれてきた知将は息絶えたのだった。
手を下したのは、長曾我部元親。

四国壊滅は家康のせいだと思い込んでいた元親は、その全貌を知り、憤った。
そして、全ての黒幕である毛利元就へ、戦をしかけたのである。
長曾我部、徳川連合軍の圧倒的兵力を前にして、逃げ出す兵たちが殺到。
毛利元就は最後の策である長曾我部元親との一騎打ちに出た。
しかし、兵のいない毛利など、元親の火力と筋力の前では容易く膝をつかせられた。

「はっ……はっ……。」
「……。」

荒い息を繰り返す元就を見下ろし、元親はぎり、と歯を軋ませた。
何故こんなことになったのだろう。
何故自分は、あんなに愛した恋人を殺さなきゃいけないんだろう。
そんなことばかりが頭を過る。

「長曾我部よ……、何を躊躇っている……、はやく、殺せ……。」
「……ッ!!なん…で…ッ!!」

怒りと愛がごちゃ混ぜになって、体が言うことを聞かない。
止めを刺そうと思っても、愛しき思い出が邪魔をする。
血が滲む程に、元親は唇を噛みしめた。
元就が、自嘲気味に口角を上げる。

「戦国の世だ、致し方あるまい……。」
「……ッ!!」

きっと元就は、放っておいた所で出血多量で命を落とすだろう。
絶え絶えの呼吸がその瞬間が近いことを表していた。
どうすることもできない元親は、ただただ拳を握りしめた。

「他に……無かったのかよ……。」

ふたりが永遠に、隣に居られる方法が。
元親は考えることが得意とは言えず、直感で行動に移してしまう。
そのため、今回だってもっといい方法があったのかもしれない。

「そんなもの……、ある訳がなかろう……。」

元就は唇をきゅっと結び、俯いた。
凍てついた心から、暖かさがちらりと顔を覗かせた気がする。

「あった所で……、我等にその選択は出来ぬ……。」
「……ああ。」

元就の声が震えている。
どうにもならない。
どちらかがどちらかを殺さねばならない。
乱世に生を受けたならば、それは運命なのだから。
今回のきっかけが、毛利軍の奇襲だっただけだ。
『毛利』を守る為、愛を捨てた元就。
仲間の復讐を果たす為、愛を捨てた元親。

「アンタのことは、忘れる。もう思い出すこともねぇだろうなぁ。」
「好きに……、するがよい……。」

元親の頬に、一筋の雫がゆっくりと伝わった。
片目からしか流れぬそれは、覚悟を鈍らせるには十分だった。
ぼろぼろと、表情だけは変えず、流れ続ける。

「忘れられる、かな。」
「フン……、貴様のことなど……、我から忘れてやるわ……。」

碇槍が、元就の白い首筋に向かって振り下ろされた――。



せめて、亡骸だけは、アイツの愛した瀬戸海に、と、元就を浮かべる。
さっきまで聞こえた鼓動は、もう聞こえることはない。
だらりと垂れ下がった手足の重さで、元就の身体が深い青に沈んでゆく。
ゆらゆらと波に揺られるその姿は、やっぱ綺麗だった。

「じゃあな、またな。」

呟くように言うと、もう後ろを振り返ることなく、元親は足を進めた。


今生は、もう会えないけど、来世でまた巡り逢おう
その時君が、僕の事を忘れていたとしても。
僕が忘れることは決してないから
輪廻はきっとあるよ



瀬を早(はや)み 岩にせかるる 滝川(たきがは)の
  われても末(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ




fin
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