BATTLE ROYALE
□ヤキモチ
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ホームルームが終わり、やっと帰れる、と皆楽しげな様子を見せる、いつもの3年B組。
瀬戸豊は、普段は親友の三村信史と一緒に帰るのだが、今日は違った。
「シンジ、帰ろ?」
「あー、悪い。今日はA組の中原とデートなんだ。」
中原樹里――学年でも5本の指に入る美人だ。
かわいい、というよりは、純粋に美人だった。
また新しい女の子を捕まえたのだろうか。
「そっか、じゃあまた明日!」
「おう、悪いな。」
シンジはモテるから、その邪魔を自分はしてはいけない――豊はそう思っているので、こういう時は身を引くのだ。
「シューヤ、帰ろうよ。」
「あれ、三村は一緒じゃないのか?」
「デートだってさ。」
それを聞いて秋也が信史の方を見ると、ニヤリと笑っていた。
そういうことするから、このクラスではお前はモテないんだよ――心の中でそう思いながら、秋也は豊、慶時と教室を出た。
* * * *
その次の日は信史は部活で、その次――土曜日はまたデート(しかも部活をサボってだ)、日曜日は家に中原を呼んだ。
豊は段々と苛立ちを覚えはじめた。何故だかは自分でも分からなかった。が、中原のことを信史が話すたびに、心の中がモヤモヤしてくるのだ。
自分には彼女がいないから、ひがんでいるのか…と最初は思ったが、どうも違うらしい。
というのも、特に彼女が欲しい、とは思わなかったからだ。
「シンジ、女の子ばっかじゃなくて、たまには俺とも遊ぼうよ。」
月曜日、ついに信史にそう言った。信史は少し驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの、自信ありげな顔に戻った。
「そうだな。オーケイ。今日家に来いよ。」
豊の顔がパッと明るくなった。
「よっしゃー! じゃあ帰ったらすぐに行くからね!」
よっしゃーって何だよ、と信史は苦笑したが、確かに最近豊と遊んでいなかったな、と思い返し、悪かったな、と心の中で謝った。
* * * *
もう何度も来ている三村家。
まるで自分の部屋のように、豊は信史の部屋でくつろいでいた。
「腹減ったろ? なんか持ってくっから。」
「うん、ありがとう。」
信史はそう言って、リビングへお菓子を取りに行った。
ごろん、と豊はベッドに横になり、信史の持っている漫画を読み始めた。
ベッド。信史は何人かの女のこともう経験済みだと噂に聞く。
このベッドで――、豊はなぜかそんなことを思ってしまった。
このベッドで、シンジと中原さんは、『した』のだろうか――。
そう考えるとムシャクシャしてきた。同時に自分が嫌になってくる。
なんで、別にシンジが女の子と何をしようが、自分には関係ないのに、なんで――。
「あ〜〜〜〜〜〜っ!!」
もう何も考えたくなかった。
ただ、信史の親友として、ただそばにいるだけでいいのに、なんで…。
「豊?」
信史が帰って来た。さっきの声を聞いたのだろう、お菓子を置いて、心配そうに豊を見つめる。
「どうしたんだよ?」
と言って信史は豊の頭をなでた。
「シンジ、俺、分からない。」
「何が?」
「…シンジが女の子の話すると、イライラするんだ。休みの間も、今頃シンジは中原さんと何してるんだろうとか、そんなことばっかり考えちゃって。」
「…お前…。」
「自分が嫌になってくるんだよ。なんでこんなこと考えちゃうんだろうって…。シンジが誰と付き合おうと勝手なのに。」
気がつくと、目に涙がたまっていた。なんで、なんで涙が出てくるんだろう。
信史が優しく豊の涙をぬぐってくれた。
「…それって、ヤキモチ、じゃないのか?」
「ヤ、ヤキモチ?」
素っ頓狂な声を上げる豊。そんな答えが返ってくるなんて。
「…もっと、俺と一緒にいたいってことだろ? 違うか?」
目の前に信史の顔があり、豊は恥ずかしくなって思わず目をそらした。
「そんな――」
そんな訳――。なんでシンジに、ヤキモチなんて。
豊は、自分の顔が赤くなっていくのを感じた。
「…豊、落ち着いて聞いてくれ。」
信史はそう言って、豊の両肩をつかんだ。豊は目をそらしたままだったが、信史は構わず続けた。
「俺、お前が好きだ。一番、どんな女よりお前が好きだ。」
驚いて顔を上げる豊。
「…からかってんの?」
「からかってなんかいない。本当に好きなんだ。」
信史の瞳は真剣だった。いつもの、どこか余裕がありそうな顔とは違う。
「だったらなんで、俺より女の子をとるんだよ。」
先週だって、ずっと、中原さんとばっかり遊んでたのに。家にまで呼んだのに。
「それは、まあ、付き合いってヤツでさ…。一応付き合ってるんなら、それなりに優しくしないと悪いだろ? でも…」
信史は改めて豊の目を見て言った。
「本当に好きなのはお前だけだよ。」
何度も好きと言われ、豊は頭がクラクラしてきた。だが、全く悪い気はしなかった。
むしろ――。
「嬉しい。」
「え?」
「嬉しいよ。俺。信史にそんなに好きって言ってもらえて。」
まっすぐに、信史の方を見て言った。
「本当? 俺、てっきり気持ち悪がられるかなって思って、今まで言えなかったんだけど。」
「そんなこと!! …そんなことない。俺、嬉しいから。」
信史は驚いたような顔をした。
「…豊も、好きなのか? 俺のこと…。」
「分かんない…。けど、俺も信史が一番だよ。でも、その、えっと…。」
豊は、何と言えばいいのか分からず、頭を回転させていた。
信史は何となく意味が分かった。要するに――
「恋愛感情があるかどうか、分かんないってことか?」
「そう、ソレ!!」
ビシッと信史の方を指さして豊が言った。
ならば。信史は思った。これしかあるまい。
「じゃ、キスしようぜ。」
「…へ!?」
今、信史は何と言ったのか?
豊はその意味を理解するのに数秒を要した。
キス? 俺と、シンジが?
また豊の顔が真っ赤に染まった。
「だってシンジ、そういうのは女の子と…。」
「別にいいだろ。さっきも言ったけど、俺はお前が一番だから。…まあ、嫌なら別にいいけど。」
「イ、イヤなんかじゃないよ! でも…。」
そこまで言ったところで、ギュッと、信史に抱きしめられた。
「な、一回すれば分かるだろ?」
「…うん…。」
豊の頬を、信史が両手で包んだ。
「いいな?」
「…うん。」
そのまま信史の唇が近づいてきて…自分のと重なった。
豊は最初は驚いたが、すぐに目を閉じた。
「…どう?」
数秒後、唇を離して信史が聞いた。
「…いや、その…。」
今も豊の顔は真っ赤だった。
「どうしよ、俺、シンジのこと好きみたい。」
そう言って豊は、へへっ、と苦笑した。
信史は驚いたようだったが、すぐにこう言った。
「じゃ、…俺と付き合ってくれるか? 豊?」
「…もう、女の子と付き合わない?」
「ああ。約束する。お前だけだ。」
そう言うと、今度は豊の方から唇を重ねてきた。
信史は驚いたが、すぐにそれは離れた。
「嬉しい。ありがと、シンジ。」
照れながらそう言う豊がどうしようもなく愛おしくて、そのまま信史は抱きしめた。
「豊、ずっと、一緒にいような。」
「…うん。」
信史の腕の温もりが心地よく、豊は信史の背中に手を回し、しばらくそのまま動かなかった。
* * * *
三村信史の女遊びが止まった、という噂は、1ヶ月も経てば全校中に広まっていた。
中原樹里に、別れよう、と突然言い出し、信史はそれから誰の告白も受け入れなかった。
「どうしたんだよ、お前。」
「そうよ、三村くんらしくないじゃない。」
飯島敬太と中川典子に聞かれ、信史は、気が変わったんだよ、と答えていた。
「だから、好きでもない奴と付き合っても、あんまり嬉しくなくなったんだよ。」
そのように信史が言うので、本命ができたのでは? という噂も、また広がりつつあった。
まあ、本命ができたどころか、付き合っているのだが。
「誰なの? 三村くんの好きな子。」
典子に問われ、信史は「誰が好きな奴がいるなんて言った?」と言いながら、教室を出て行った。
女遊びをやめたことで、信史のクラスの女子の間での評判は、徐々に良くなりつつあった。
「すっかり噂になってるね、シンジ。」
トイレを出たところで、豊に声をかけられた。
「さっき教室で、松井さんと千草さんが話してたよ。シンジに本命ができたのかって。」
「しゃーないだろ、なんたって、ザ・サードマンですから。俺。
「またそんなこと言っちゃってー。」
実は、豊は気が気ではなかったのだ。万が一にも、自分と信史が付き合っていることがバレたら…。
男同士ということで、もちろん中の学校中の噂になるだろうし、何人かの恐ろしい信史ファンにボコボコにされるのは目に見えていた。
「シンジ、誰にも言わないでよ? ホント。」
豊が声を落としてそう言った。
「どうしようかなー。お前があまりにも可愛いから自慢したくてさ。」
「バ、バカッ!」
豊は顔を真っ赤にしてトイレに入ってしまった。
ったく、可愛い奴…。
そのまま信史は教室へと戻って行った。1人幸せな気分に浸りながら。
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