Novelette

□秘密のレッスン
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 某所にある音楽スタジオへ、皇 鳴海(すめらぎ なるみ)が訪れたのは、今度のライヴで歌うことになっている楽曲を練習する為だ。
彼は今、人気急上昇中のアイドルで。
幼い感じの顔立ちと華奢な体格から、想像つかないクールで色気のある歌声を響かせ、歌声と同様に冷淡でぶっきらぼうな一面もあり、クセがある。
だが、歌唱力は勿論のこと。可愛らしい風貌ながらミスマッチな部分が、女性だけではなく男性のファンも魅了している。
そんな中、音楽スタジオに行くまでは、テレビなどで見せているふてぶてしい態度であったが、一歩音楽スタジオをくぐるなり、そわそわとした落ち着かない雰囲気を滲ませる。

「じゃあ、皇くん。明日の朝に迎えにくるから」
「わかってるって」

 マネージャーへ素っ気なく返し、マネージャーや関係者たちは音楽スタジオを去る。
レッスン時。特に新曲などの発表などの大事な時には、音楽に集中したいとマネージャーや関係者を、去らせレッスンを行う。
唯一、鳴海の元に残っているのは、デビュー時から鳴海のプロデュースを手がけてくれている、プロデューサーの在原 雅人(ありはら まさと)であった。
雅人は、鳴海とは対照的に敏腕プロデューサーながら、人当たりが柔らかく気さくな雰囲気がある。
雅人を見つめる眼差しにも、穏やかな微笑みがあった。

「君も相変わらずだね。まぁ、そこが魅力的なんだけれど」
「あれは、テレビ用のキャラです。在原さんも知ってるじゃないですか」

 と、言って鳴海はカッと顔を赤らめる。
テレビやライヴなんかで見せたことのない、アイドル鳴海の素顔だ。

「やれやれ。小生意気なアイドル鳴海が、実は誰よりも羞恥心があり恥ずかしがり屋だなんて、知らないだろうね」
「在原さんだけです。本当の僕を知ってるのは」

 そう言う鳴海が、俯き加減となっている。
クールな鳴海の印象が、ここにはなかった。

「じゃあ、まずは新曲の前に振り付けなんかも見直しておこうか。収録番組なんかを見てても、色々と気になっている部分があるから」

 雅人が応接間から、廊下を向かいにある部屋へ移ると、鳴海も続く。
部屋は大きな鏡が取りつけられており、鏡には雅人と鳴海の姿が映る。

「ほら、始めて!」

 雅人の合図で、鳴海が踊り始める。
リズムを雅人が手で打ち取ると、それに合わせ鳴海がきびきびと踊った。
けれど、途中で雅人の目の色が変わり。

「駄目だ! 止め、止め」

 その声に、鳴海がキュと動きをピタリと止めた。

「腰をくねらせ、セクシーに踊らなきゃならないのに、動きがぎこちないぞ」
「す、すみません……」
「別の所も、視線を逸らしてて。それじゃあ、曲に色香を乗せられない!」

 穏やかな雰囲気から一転して、鳴海へ厳しい言葉が飛ぶ。
これが、プロデューサー在原 雅人の真骨頂であった。


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