彼方の地平線を越えて

□02:舞踊と盗みは団の花
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 崖と森の丘に囲まれた開けた場所に、ポツンと建っているのが旅亭ムネーメがある。こんなひなびた場所に客が来るのかと到着したヴェルデテスは思うも、ムーサ演芸団の団長アルフレッド曰く、隠れ家的な穴場でカンパニアの者たちの間では秘かな人気があるらしい。

「かく言う俺も、現役時代には結構、世話になっていてな」
「ほぉ。このひなびた場所にわざわざ出向くなら、何か秘密がありそうだな」
「ご名答」

 傭兵という共通点からか、アルフレッドとロアンは話が弾んでいる様子。一方のヴェルデテスは、演芸団が乗っていた馬車から降り立つとあることに気づく。

「この匂いは……温泉?」
「温泉か。それが人気の秘密という訳か」

 ロアンが言うと、アルフレッドがニヤリと笑うのだ。そうして演芸団の団員たちと共にムネーメの出入口を抜けると、広い玄関ホールで老人がホウキで履き掃除をしている。

「先代、お久しぶりです」

 アルフレッドが声をかけると、老人は驚いたように振り返り彼を見てすぐに、相好を崩す。
 
「おおっ、アルフレッド。久しぶりだのぉ。よく来たよく来た」

 この旅亭ムネーメの主人にして、ムーサ演芸団の先代団長のオリバーであった。ヴェルデテスが感じたのは、歳を取っているが発せられている雰囲気が若いということだ。

「オリバーさん、久しぶりよ」
「カミリアも、相変わらずいい女じゃよ。眼福眼福」

 と、挨拶しながらカミリアの尻をパンパンと叩くように触れる。これに、嫌がりもせずクスクスとカミリアが笑っている。
他の団員も挨拶していく中、ヴェルデテスとロアンに気づくと首を傾げつつ言うのだ。

「おや、あんたらは初めて見る顔じゃが」
「私はヴェルデテス、隣にいるのはロアンと言う。ムーサ演芸団の護衛をしている」
「ほぉほぉ、それはそれは」

 何て頷きながら、いきなりヴェルデテスの尻を撫でてくる。これにヴェルデテスは、驚きの顔をして固まった。

「綺麗な顔をしてるから女子かと思ったが、何じゃ男か。まぁ、しかし尻は安産型で勿体ないのぉ」

 残念そうにして言うが、触られたヴェルデテスとしてはふざけるなと怒りが込み上げてくる。

「な……何がだ!? 何でいきなり触られなければならない!」
「ヴェルデテス、すまん。先代にとってあれは挨拶みたいなもので」
「はぁ!? そんな挨拶あるか!」

 殴りかかりそうなのをアルフレッドに羽交い締めで止められ、声を荒らげる。一方、当の旅亭の主人にしてムーサ演芸団の先代団長オリバーは、ロアンを見るとうぅむと唸る。

「ほぅ、あんた。獣人なのかい」
「まぁ。迷惑をかける」
「迷惑だと思わんよ。うちは、あぶれ者が泊まりにくるからのぉ」

 臆面なく言って、ニヤリとするオリバーにロアンが少し目を丸くして後に、フフッと笑った。本来、旅亭ムネーメは客で賑わっているが今はムーサ演芸団の為に貸切状態だと話す。

「儂以外にも従業員はおるが元は演芸団の者じゃったり、カンパニアでの引退者じゃったり、訳知り者ばかりじゃ。だが、くつろぎ易いぞ」

 そう話して、ロアンの尻を叩くように触れてから仕事に戻っていく。これにロアンは苦笑をするも、ヴェルデテスの方はオリバーを睨みつけるのであった。
こうして、旅亭ムネーメで一夜を明かすことになる。建物は普通の宿屋とは異なり大きく広い。元は貴族の館を移築したものという。


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