クルースニクの聖戦

□Act.8
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 華恵が、この日本へ来たのは何も仕事や秋葉の事だけではなかった。
花束を手にした彼女が、海を一望できる丘へと上っている。
ここの霊園では、墓石は日本式の造りではなく、洋式風の墓石が建ち並ぶ。
やがて、一つの墓石の前で華恵が足を止めた。
『MARIKA OTOGIRI』と刻まれ墓石は、音桐の母である真理架の墓を示す。

「ごめんなさい。真理架。なかなか来れなくて」

 そう呟き、花束をたむけた。
この墓に、真理架の骨は入っておらず、空っぽである。
けれど、骨がなくともこの墓に来る者が生前の彼女を思い偲べば、墓になると華恵は思う。
華恵がたむけた花束以外に、ほんの数分前にたむけられたらしい花束があった。

「誰かしら?」

 華恵は首を傾げる。
辺りを見回しても、それらしい人物の姿はなかったし、華恵が来る時もすれ違った者もいない。
しかし、それ以上の詮索は野暮だと思い、共に真理架の冥福を願うならそれでいいと思い直す。
けれど華恵は、墓地へと続く道に海岸へと通じる細い道があるのを、見落としていた。
そこは、茂みに挟まれて気づき難く、道の先にある波打つ砂浜で一人の男が海を眺めながら、呟く。

「姉さん……」

 灯台下暗しと、華恵の近くに秋葉の姿があったけれど、二人は決して出会う事なく別れた。


 雑居ビルの裏手にある駐輪場に、単車を止めて男が降りてヘルメットを取る。
黒のジーンズに、黒のシャツに革ジャンを着込み短く切られた髪が、ワイルドに決められていかにもな感じだ。
その者が、事務所兼自宅として使っている雑居ビル入ると、足を止める。

「君は……確か、尾上くん」
「はい。尾上 斉瑛です。ご無沙汰です。大神さん」

 朔と斉瑛は、以前の事件で音桐を通じて知り合い、表向きはフリージャーナリストの朔だが、裏ではヴァチカンの調査官であり、ライカンスロープ専門の狩人であると、斉瑛は覚えていた。
朔は階段に座る斉瑛を見つめるなり。

「……まさか、犬神憑き。いや、しかし」

 戸惑う様に呟く。

「やはり、大神さんはわかりますか」
「いや、わかるというか。雰囲気的なものだが」

 朔の目に、斉瑛と共に彼の中に潜むものの影が見えた。
それは、悪いものではなく斉瑛を守護するもので朔も見知っているものだ。

「俺もつい最近、知ったんです。俺の中に司が生きていたって」
「とにかく、ここではゆっくりできないだろうから。中で話を聞こう」

 そう言うと、斉瑛は頷き朔について階段を上がり彼の部屋の前へ。
ドアには、大神という表札が下がり、ポストには郵便物が溜まっている。

「悪いけれど、中は散らかっているから我慢してくれ」

 と、言って鍵を回しドアを開くと、大きめの事務机に椅子。事務机にはデスクトップ型のPCに、山積みとなった資料が乗っている。


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