オケアノスの都 ー海神の三叉戟ー

□終章 紅風
1ページ/2ページ

 あれから、20数年の歳月が過ぎていた。
元首官邸から、元首ジュリオ=ルーカスは、いつもの様に聖ミケーレ広場を自身の寝室から、眺めている。
いつもの街並みに、広場を行き交う人々と水路には、交易の為の品や人を運んでいるのが見えていた。

「失礼致します」

 声をかけ、寝室へ訪れたのは長身の背丈に端整な顔立ち。赤色が強い髪の軍人であった。
あの頃に比べて、彼も歳を取ったし。以前は昼灯火と呼ばれていたのに今や海軍提督に就き、トリアイナと称されるヴァニス海軍の主柱となっていた。

「よく来た。ティソーン提督」
「改まって何ですか。元首……いえジュリオ様」

 一応は、敬意が含まれているけれど、相変わらずの態度だから無礼すれすれだ。
しかし、ジュリオからすれば今も変わらない彼に微笑を浮かべていた。

「わざわざ、人目を避けての呼び出しですまないと思う」
「えぇ。半月後には、息子テュルフィングの13歳の誕生日なんですがね。忙しい合間を縫い、水入らずで過ごそうと猛烈に働いてますから」

 と、言うから思わず、ジュリオは吹き出しかけるも。

「ッ!? ゴホッ、ゴホッ」

 吹き出しかけた拍子に、咳き込む。
これを見るなり、ティソーンが眉をひそめた。

「病ですか。よりによってこんな時期に。しかも、父と同じの……」

 この時期とは、北の大国。フランキスカ王国のハルンベルグが、宗主府より西ノーグマ帝国の皇帝の地位を与えられた。
これは、西ノーグマ帝国の復活とし、宗主府の庇護を目的とした軍を得たという事だ。
だが、ティソーンをはじめヴァニス共和国の人間や、他の国たちは素直にそう見ていない。

「奴らが、皇帝という大義名分において、イーンスラ半島を支配する権利があると、主張してくる。そうなれば、奴らとの対決は避けられない」
「その為にだ。元首の座を渡しておきたい。元首の椅子をそなたに託したい」

 ジュリオの言葉に、ティソーンが目を丸くし驚きを浮かべる。
だが、すぐにふっと笑い飛ばすや。

「ジュリオ様。俺は、そんな器じゃない。ただでさえ、提督の地位ですら嫌だと言っていたのによ」

 と、言って肩を竦めて見せる。
ティソーンの反応に、ジュリオもわかっていたらしく。

「君が、そう言う事はわかっていたよ。ただ、今まで功績を考えればね」
「買いかぶり過ぎだ。俺は……人の上。特に、頂点に立てる人間じゃあない」

 冗談めいて漏らすが、心の中で自嘲すら抱いている。

(俺は業を背負いすぎている……)

 この業の為に、これから何が起こるかティソーンでもわからない。
今は良くても、何年先いや明日にでも異変が起こってもおかしくなかった。

「俺より、クルテルかグンナーのが向いている。もっとも、グンナーも目立つのを好まないから、クルテルか」

 そう言って、肩を竦め笑った。


次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ