灰色の雲が時おり太陽を隠す、すっきりとしない空の下で静かな波間の中、二つのガレー船の集団が浮かび揺れている。
一つは、翼のある黄金の獅子が描かれた、旗が風にはためいている。
もう一つは、四つ葉のクローバーの描かれた旗だった。
「ふっ、向こうも数を集めているが」
そう言うのは、ジェノヴェア海軍の総指揮官である、オスカー=ランスロットだ。
「我々も負けてはない」
彼が見つめる視線の先に、ジェノヴェア海軍の通常編制の部隊がずらりと並ぶ。
二つの軍は、最初から激しくぶつかり合う。
弩で矢を放ち応酬しながら、それぞれが船を展開していたのだ。
すると、ジェノヴェア海軍がくるりと踵返す様にして、逃げ始めた。
これを見て、海軍提督のピルムが追撃を命じて合図を送る。
「お待ちください。まだ序盤だというのに、逃げるのはどうも」
マルケゼが訝る様に、首を傾げたのだがピルムは、聞く耳を持たない。
「馬鹿な。ここで、追撃をかけなかったらコメス将軍から、腰抜け扱いされるわ!」
そのコメスも、敵を追いかけて船を進める。
ジェノヴェア公国という共通の敵の存在で、まとまっているかの様な状態ではあったものの、ここに来て派閥同士の確執が姿を現す。
これには、マルケゼも呆れてしまう。
「追撃だそうですが」
「深くは追撃をするな。見えすいた罠だ」
グリフォン部隊のグンナーが、合図を確認しティソーンへ報告すると、そう素っ気なく彼は返す。
こんな子供騙しな罠に、引っかかる奴は馬鹿だとティソーンが思う。
「ただし、一人別行動だと怪しまれる。追撃のフリはしておけ」
空をチラリと見上げ、人差し指を唾で濡らし風を感じる。
(まだ、ぬるい)
果たして、ティソーンの狙っている事が起こるかどうか。
(賭けに近いな)
苦く笑った。
クルテルは、ジリジリしてそうだろうなと思ったが、彼にはもう少し我慢してもらいたい。
反撃と危機を乗り越える為に。
グリフォン部隊の様に、罠だと考えた者はマルケゼやティソーン以外で、もう一人いる。
リファル=ゴヴァニュだ。
「この先は、岩礁などのある領域だ。それに奴らの部隊が若干少ない」
その言葉が、どういう意味をしているのか。
すぐに、現実となる。
岬の影となっていた場所から、突如新たな敵の船影が現れた。
飛竜が威嚇する様に、睨みつける紋章が描かれた軍旗を持つ、鱗状の装備で揃えた集団。
「さぁ、竜の顎よ。連中を噛み殺せ!」
声を発したのは、竜の顎を率いるフラガル=アロンダイトだった。
「伏兵!?」
逃げる船に気を取られて、フラガルたちの存在に気づくのが送れた。