東方よりもたらされた書物を、グンナーは目を輝かせ愛しげに、本を開きページをめくる。
特に、一番の興味はエスト語で書かれた貴重な哲学書だ。
ホルク家の子女、コラーダが友人のニニアン家子女、フロランスの為にサロンを催して、東方渡りの書物を話題にし会話を楽しむというもの。
コラーダ自身、他の女性と違って外の世界にも興味を示している。
こういった書物の入手も、その一環なのだ。
「あぁ、これはエストの哲学書ですね。それに、ノーグマ時代のものの写本ですか。どれも素晴らしい」
客は主賓となるフロランスを始め、ティソーンやグンナーの他に、ホルク家と親しい学者もいるのだ。
グンナーは学者たちの輪に入り、哲学について意見を交わす。
その様子をフロランスはにこやかに、ティソーンは眉を寄せ気難しいものを滲ませる。
「側で話を聞いていたが、ちんぷんかんぷんだったな」
「グンナー様より、話を聞いています。ティソーン様」
微笑みフロランスから声をかけられ、さすがのティソーンもはにかむものを見せる。
そんな二人を、主催者として招待客へ声をかけていたコラーダが、見つめて人知れずため息を漏らす。
「コラーダ様、いかが致しましたか?」
「アリア……もしかして、ティソーン様はフロランスの事が好きなのでは」
「本人から、そう言われましたか?」
「いいえ」
コラーダの返答に、アリアは慰める様にして言うのだ。
「決めつけるのは良くありませんよ」
「えぇ、でも本当にフロランスだとしたら、私はどうしたら……」
フロランスは仲の良い親友であるし、コラーダの心は困惑と複雑な思いが、心の中でぐるぐると回る。
そんなコラーダを尻目に、思いのほかフロランスとの会話が、ティソーンは弾む。
想像していたより、フロランスが機転の利いた会話をしてきて、気さくな雰囲気もあるからついつい膝を乗り出す。
「いやぁ、これ程の話題をお持ちとは」
「私も、父の蔵書などを目にする機会がありましたから。それに、イザベル様も……」
そう言いさし、そっと袖口で目元を拭う仕種を見せる。
これを見て、彼女の哀しみは癒えてないとわかり、ティソーンは何て答えていいかわからず、押し黙った。
けれど、フロランスの方は気丈な様子で。
「ごめんなさい。お見苦しい所を」
「いえ、あの場に俺もいただけに悔やみがありますから」
海軍に所属といえど、下っ端の将兵の士官であるが、それでも警備に携わっていただけに、イザベル暗殺を重く受け止めている。
(イザベル補佐官の後、後任としてフランベルが就いたし)
ジュリオ補佐官へ襲撃した者も、まだわかっていない。
だが、一連の流れは強硬派による暗躍が濃厚であった。
そうした中で、グンナーをコメスへ通じさせたのも関係ある様に、ティソーンは感じていた。