オケアノスの都 ー海神の三叉戟ー

□第5章 二つの恋心
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 カァン、カァン。金属の噛み合う音が響き渡り、訓練を行う練兵場で男が二人、剣を交えていた。
二人の手にするのは、訓練用に刃を潰された鉄剣であるが、その戦いは白熱している。

「ヤァア゙!」

 高らかと声を発し、勢いよく褐色髪の長身の男が、薄い栗毛の若い男へまるで、叩きつける様にして剣を打つ。
若い男は、うっと時おり呻き目を白黒させながら何とか、自身の持つ剣で相手の剣撃を防ぐ。

「や……止め止め! 限界だ」

 と、若い男が声を上げて目の前の褐色髪の男へ、降参を告げる。
それを聞き、くっと呟いたかと思えば地面へ鉄剣を勢いよく刺す。

「荒れてるな。アシュタ殿」

 肩で息をしながら、褐色髪の男ことアシュタへそう言った。
アシュタは、ジロリと睨む様にして若い男へ視線を向ける。

「荒れるさ。ウルカヌス!」

 と、不機嫌な表情を隠す事なく、ウルカヌスへ返した。
アシュタが荒れる原因は、先頃に起きたイザベル=ボティガン補佐官の暗殺で、実際に補佐官へ手をかけた実行犯が、何者かによって毒殺されていたからで。
共に、現場を見た検察官のエルミスからは。

「仕方がありませんよ。敵のが一枚上手だったのですから、貴方たちに落ち度はありません」

 と、責任を問う言葉ではなく、逆に慰めの言葉をかけてもらえた。
けれど、真相糾明が遠退いたのは否めない。
アシュタが、責任を感じるのは無理もないと、ウルカヌスは勿論の事。報告を受けた、上官であるマケルゼ=パロミデス右将軍も、理解を示す。
だが、それが余計に責任を覚えてしまう、ジレンマを抱える事となる。

「くそっ!」

 これが、アシュタの荒れている原因である。
ウルカヌスも、どう言葉をかけてやればと、悩み小さくため息を吐き出す。

「とんだ事になったな。グンナー殿がフロランス嬢からの招きで、夜会に出ると冗談混じりで笑っていたのに」
「不覚としか言えない!」

 そう声を荒げて、アシュタが行ってしまう。
これを、ウルカヌスは見送るしかできなかった。


 不機嫌の表情を隠す事なく、アシュタは練兵場から庁舎の廊下を歩く。
普通の衛兵たちも、雰囲気を感じてか首を竦めてアシュタへ、視線を交わさなかった。
すると、役職の者たちの執務室が並ぶ廊下を通りかかり、扉が僅かに開いている部屋がある。

(確か……)

 そこは、左将軍であるコメス=トリスタンの執務室だ。
見るともなしに、中が見えて会話も漏れ聞こえた。
廊下には、アシュタ以外の人影がちょうど、途絶えていた。

「いけ……ません。コメス将軍」
「心配するな。グンナー、こっちへ」

 隙間から見えたのは、同輩でありマケルゼの下についた、グンナー=ダインスレフがコメスと、不埒な行いをしている光景だ。


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