リアルト島もある潟を一望できる、大陸側のヴァニス共和国領の丘には、リアルト島に住む貴族たちの別邸が立ち並び、所領内の森などで狩りなどを楽しむ。
ヴァニス共和国の貴族の中には、所領などの概念を否定的な者もいるが。
海軍などに所属する貴族たちは、鍛練の場として狩りを好んで行う。
その中で、ホルク家は最たるものがあった。
「行け! トト」
そう言って、一羽の鷹を空に放つ。
優美な風貌と物腰で、およそ荒事などに縁のなさそうな若い男は、彼は見事に鷹を手懐けている。
「この度は、ホルク家主催の狩りにお誘いいただき、ありがとうございます」
若者の後ろの方で、若者と似た顔立ちの歳上の男が、ホルク家当主、ランチャー=ホルクへそう挨拶を述べる。
優雅に微笑みを湛え、物腰の柔らかながら気品を忘れない。
狩りという荒々しさとは対照的な男だが、見た目に反して食えない男だという事は、総司令官たるランチャーもよくわかっている。
けれど、嫌味なものではない。
「相変わらず、人を食った笑みを浮かべて」
「ははっ、すみません。この笑みは我がシーク家独特のものですから」
「仕事の虫め。今日くらいは、その仮面を外せばいいものを」
ランチャーもニヤリと笑って、冗談混じりで返してやる。
男は、ラディウス=シークでシーク家当主にして、何事も侵せない法の番人たる、司法官を務めている。
若者は、ラディウスの息子で若き検察官、エルミス=シークだ。
「おぉ!」
狩りに参加している者たちから、歓声が聞こえた。
ランチャーとラディウスがそちらを見ると、エルミスが放った鷹がうさぎを捕らえていたのが、見えたのだ。
「勿体ない。あれだけの腕なら海軍でも、部隊を率いる将校になれたものを」
「申し訳ありません。跡継ぎですし。他の兄弟も別の事で国へ貢献したいと、外国ですからね」
ランチャーのぼやきに、ラディウスは申し訳なさそうに言う。
しかし、ランチャーもそれをわかっているから、それ以上を言うつもりはなかった。
と、猟犬の鳴き声が響き渡り、ガサリと茂みが動く。
耳にしたランチャーとラディウスが、ふとそちらへ視線を移すと現れたのは、手負いの一匹の猪だ。
「まずい。エルミスに狙いを定めた」
「えっ!?」
さすがのラディウスも笑みが消え、サッと青ざめる。
猪は、息を荒げエルミスへ猛突進を繰り出す。
慌てて、エルミスが寸前で馬をひるがえさせ、避けたけれど猪の突進は、狩り場に配置された従僕へ向かう。
「危ない!」
エルミスが気づき叫んだが、従僕は万事休すと逃げられなかった。
そんな時、一矢が風を切り猪の額を射抜く。
同時に。
「はっ!」
凛としたかけ声がこだまし、騎乗の線の細い者が猪へ立ち向かっていく。