会合の会場から、ダインスレフ家へ帰り着いた頃には、すでに真夜中を過ぎた辺りだった。
風が吹き雲が流れて、下弦の月が隠れたり現れたりを繰り返し、水面へ映り込みゆらゆらと揺れる。
「レージングル閣下は、ご満悦でまたそなたを喚びたいと仰せだ」
フランベルが上機嫌な調子で、グンナーへそう話す。
これを聞けば、いつもなら曖昧な笑みを浮かべ内心は、諦めに似たものを抱き虚無感に苛まれるのだが。
(何て事でしょうね)
と、心の中で呟いて、小さくため息を漏らす。
゙レージングル゙なんかよりも、今のグンナーの心はある人物の事で、いっぱいだった。
その人物は、ティソーン=カルヴァヌス。カルヴァヌス家嫡子であり、同じ海軍士官である。
「どうした? グンナー、ぼんやりしていて」
「あ……すみません」
怪訝な様子でフランベルに覗き込まれ、ようやく我に返り慌てて取り繕うとする。
多少、フランベルが不審そうにしていたが、それ以上は気にも止めず終わったから、グンナーはほっとなった。
「レージングル閣下の引きにより、我がダインスレフ家も一躍、議員としての発言権を得た。けれど、新興貴族の勢いと比べれば、何とも歯痒い」
そう言うけれど、歴代のダインスレフ家当主に比べれば、現当主のフランベルは躍進した方だ。
北方の品々を得る主要な北側の経路を押さえて、ダインスレフ家へ富ももたらしたので、商才も抜け目ない。
だが、その発展の影でグンナーを、ダインスレフ家の娼婦と揶揄される存在へ貶めているが。
「グンナー、我がダインスレフ家の栄光は、そなたの働き次第だ。よいな」
と、それが当たり前だと言わんばかりであり、強いてグンナーも反抗をしなかった。
反抗をした所で、無駄だとさえ思ったのだ。
フランベルが、こうも邁進し始めたのはグンナーの母で愛妾だった、セフィーナを亡くしてからである。
フランベルは、セフィーナをこよなく愛し、慈しむ。それは、ダインスレフ家の正妻から悋気を帯びるぐらいで、当然の事ながらセフィーナの子であるグンナーを宿した時、喜びは最高潮となる。
けれど、グンナーの出産後、体調を崩しその命を儚く散らした。
(それから父は、変わってしまったのか)
それでも幼い頃はまともであり、ちゃんと自分を引き取り養育をしてくれていたけれど。
成長するに従って、フランベルの目が変わっていく。
愛しい者の面影を見つめながら、愛しい者を奪ったグンナーを、冷めた瞳で見つめる。
笑みの下で、愛情と憎しみがない交ぜとなった感情が覗いた。
「しかし、グンナー。軍入隊をするなど意外だったな」
話題を変え、フランベルが言ってくる。
軍事など、国の根幹となるものの義務は、貴族たちに一任されていた。
その代わり、自由と特権が認められているが。