オケアノスの都 ー海神の三叉戟ー

□第1章 カルヴァヌス家の昼灯火
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 今日は海軍にとって、大事な行事の一つだ。
新任の海軍士官たちを、海軍の一員として迎えるものだし、若き貴族の子弟たちにとって国政参加の登竜門だからである。
誰もが、立身出世へ邁進するかと言えば、そうではない者もいる中で、この者は一番顕著過ぎるとグンナーは思う。

「私は、貴方の乳母か何かですか」

 式典が終わった後、教官を務めたリファレ=ゴヴァニュから、ティソーンを呼んできてくれと頼まれた。
リファレは、教官としてだけではなく上官でもあったから、グンナーも断れず渋々引き受ける。
だから、海軍庁舎のこの物見塔へ入り、彼の姿を見るや否やつい本音が口から出たのだ。

「へぇ。普段、飄々とした態度の多いのに、珍しいな」

 物見塔の柱へ腕を組み寄りかかり、ネウス海を眺めている。
表情はわからなかったが、どこかふざけの雰囲気がありグンナーは、内心はムッとなってしまったが、ティソーンへ本音を見せたくないから、黙り込む。

「式典は俺がいようといまいと、滞りなく行われる」
「軍とは、連帯が鍵なので一人でも勝手な行動をすれば、迷惑をするのは結局は全体ですよ」
「まぁ……そう堅い事を言うなよ。俺とお前の仲だし」

 そう言って、くるりと振り向いたティソーンの表情は、楽しげて愉快そうだ。
けれど、そんなティソーンとは対照的に、グンナーは不愉快で楽しくない。

(カルヴァヌス家も、気を揉むでしょうね。次期当主がこれでは)

 ティソーンを、カルヴァヌス家の昼灯火と陰では囁かれいる。
昼灯火とは、昼は明るいから灯火をしても意味がない。
すなわち、呑気で愚か者な事を指す。
それが転じて、ティソーンを表していたのだ。

(何故、私はこの様な男と口を聞きあう仲なのでしょうね)

 嘆息混じりで、そう思った。
切っかけは、嫌な事があり一人になりたく、ここへ来た時に先客として、ティソーンがいたのである。
ティソーンとは、それまで顔と名前くらいだけで、ろくに口を聞いていた訳ではない。
だが、あの時にグンナーを見るや、ティソーンが問いかけてくる。

「どうした? 何かあったのか」

 ティソーンの問いかけへ答えず、グンナーは物見塔から立ち去ろうとした。
すると、ティソーンが何かを口ずさむ。
それは詩歌で、優しくも力強い旋律であり、慰める様な感じで思わずグンナーは、はっと振り返った。
そんなグンナーへ、ティソーンが笑みを見せて。

「傷ついた心には、詩歌が一番の薬だ。な?」

 そう言ってきた。
まるで、自分の心を見透かされたかの様な言葉と、彼の情にしばらく驚き呆然となった。
あれ以来から、ティソーンと関わる様になる。

「詩歌としての才能は認めますが、貴方は詩人ではなく軍人であり、ヴァニス共和国の貴族ですよ」

 と、グンナーが言うや、ティソーンは肩を竦めた。


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