蒼きネウス海より海風が整然と立ち並ぶ、若者たちの間を通り過ぎていくのだ。
風の中には、僅かに潮の香りが混じっている。
「半年の本国の訓練も終わり、今日よりひょっ子の海軍士官となった諸君なれど、無論これからが海軍の軍人として本番となる!」
壇上から、居並ぶ若者たちを睥睨するかの様にして見つめ、よく通る声を響かせる。
筋骨逞しく、年齢を感じさせない若さみなぎる屈強の男。この男はヴァニス海軍総司令官、ランチャー=ホルクだ。
ランチャーの後ろには、海軍の幹部士官も並びこちらを見つめていた。
「ただでさえ、新任の式典なのによ」
「あいつ、よくサボれるよな」
「あれじゃないか。確か、父親が親衛隊の指揮官だからじゃないのか」
ランチャーの演説の最中に、そんなひそひそ声が聞こえてくる。
グンナー=ダインスレフも、その声を聞いた一人であり、内心でため息と共に呟く。
(そう話していると、危ないですよ)
そう思った直後。
「そこのお前たち、ちゃんと話を聞け! 上官の言葉を聞けぬ若輩など、軍にいらぬ!!」
と、ランチャーの叱責が飛んできて、ひそひそ話をしていた者たちは慌てて口をつぐみ、ビシッと直立に直る。
一気に、緊迫した雰囲気が漂う中で。
「ふん、まぁよい。海軍の公式場を堂々と姿を見せぬ者より、マシかもな」
ボソリと呟き、苦笑を浮かべるのだ。
けれども、新任の海軍士官たちは笑えない内容でますます、緊張感に包まれる。
それから、ランチャーが演説に戻った。
「……奴の為に、迷惑するのは我々なのだがな」
左隣の長身の男が、ため息混じりで独り言を漏らす。
この男は、新興貴族として勢いのあるニーベルグ家の三男、クルテル=ニーベルグだなと、グンナーは思い出す。
そして、口々に上る男の事も頭に浮かぶ。
(本当に迷惑な人ですよ。あの者はね)
そう思いながら、視線だけを海軍庁舎にある物見塔へ向ける。
この物見塔から、赤みを帯びた髪を海風で揺らしながら、鼻唄を口ずさむ。
「快晴して、風もいい。絶好の船旅日和だ」
楽しげに笑み、目を細めてネウス海を見つめていた。
この男こそ、口に上った張本人。上流貴族のカルヴァヌス家の嫡男、ティソーン=カルヴァヌスであった。