彼方の地平線を越えて

□01: 働かない者は宿もない
6ページ/18ページ

 どぎまぎしながら何とか身体を起こし、慌ててロアンを突き飛ばす形で離して。

「問題ない! 私に構うな!」

 わざと、強い口調でつっけんどんな態度を取る。これを見て、ロアンが眉を寄せ困惑気味の表情になるがすぐに、ふぅとため息をつきやれやれと頭を軽く振った。
こうして、アクアリザード退治は無事に終わったもののマルモナへ帰ろうにも夜となっていた。夜道でも問題はなかったが、戦闘の疲れもあるので夜営をすることになった。
ヴェルデテスは自身の荷物から取り出したのが、掌程の布の塊。それを施設近くの川辺に投げるとポンと音を立てて、人丈のテントとなる。

「何度見ても、不思議だな」
「このテントは、持ち運びが楽で設置する手間もいらないから便利だが値の張る代物だ」

 とはいえ、ヴェルデテスからすれば寝袋すらなく冷たい地面でも平気に寝ることのできるロアンのが、不思議でしかない。そのことについて以前から気になっていたので口にする。

「私からすれば、こうした物を使わない方が珍しいのだが」

 これを聞いたロアンは、苦笑して答えた。

「昔の癖みたいなものだ」
「癖?」
「あまり、いい癖ではないがな」

 こう答えたロアンの表情がが、一瞬だけ暗くなる。闇の中で相手の顔も見辛い状況でも、ヴェルデテスの目で捉えることができた。
暗くなったロアンの表情とその答えた時の僅かな声の震えで、触れてはいけない何かを感じた。それでヴェルデテスは、それ以上のことを今は聞かないでおこうと考えこう返すのだ。

「なら、今夜は特別だぞ」
「特別?」
「一人くらい増えても、問題ないからな」

 そう言ってさっさっと自分は、テントの中に入る。ロアンの方は首を傾げてはいたもののあぁと気づいて苦笑から微笑みとなる。
ロアンがテントに入ってくるのを見て、ヴェルデテスがある物を用意し始めた。中に入ったのが初めてだったのでロアンは終始、キョロキョロしている。
見た目の大きさとは異なり、中は後数人は入れる広さがある。寝床となる場所は勿論、くつろげるようにと背もたれやクッションなんかもあった。
真ん中には小ぢんまりした炉があり、そこで火を焚きポットをかける。湯を沸かしているのだ。

「何をしている?」
「見ていればわかる」

 湯が沸くと、その湯に紐のついた小袋を浸す。小袋の中身はヴェルデテス自身で集めた香草や薬草といったハーブ類で、これを煮出した。
二つ用意した取っ手付のカップに、煮出したものを注ぎ、一つをロアンに差し出した。

「俺にか?」
「他に誰がいるというのだ」

 ムキになって言い返すも、ロアンは嫌な顔をせず受け取り一口すすり込む。

「色合いが緑から薬臭いのかと思えば、案外に美味いな」

 笑みを浮かべ、素直な言葉にヴェルデテスは少しばかり得意そうにして自分も口にする。
様々なハーブの香りが広がり、飲み込むと身体を温め疲れを癒してくれる。エルフにとって、こうした物は当たり前だし身近な物だ。

「戦いの後だからな」
「エルフというのは、薬学に精通し森と共に生きると聞いたことがあるが、その通りだな」
「ふん」

 澄まし顔でヴェルデテスは鼻で笑って、薬湯をすすった。しかし、内心は妙に高揚していたりする。
思えば他者をこれ程の距離で、接したのはロアンが初めてだ。ましてや彼は獣人である。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ