タナトスを暴く者

□Case.06
8ページ/18ページ

「人の持つ性癖というのは、それこそ星の数ぐらいある。それは快楽の好みも同様だ」

 チェルーロのこの言葉に、ベェルノーグもようやく先程の説明の意味がわかって、顔を赤らめ視線を伏せる。

「そ……それは、つまり"あれ"をしていての」
「あれじゃない。自慰だ。それぐらいで、顔を赤らめるな。大体、ここにいるのは男ばかりなんだぞ」
「は、はっきりと……」

 チェルーロが呆れ気味の口調で、はっきりと自慰と口にしたからベェルノーグの顔が、真っ赤になる。
ジュスティアとラルフも気まずいような、妙な表情をしていたがやがて、ゴホンと咳払いをしてから。

「それで、それと死因の因果関係だが」
「サディズム、マゾヒズム。俗語だとSMだが。自分で刺激を加えながら、己の首を締めての結果だ」

 自分自身で首を締められないと思えるが、それなりにやり方を知れば難しくない。
この患者は、柔らかな布を首に巻いて布の先から丈夫な糸を通し、糸を足の親指に結わえて引っ張っていた。
こうすれば、両手を使わず自らの首を締めるのは可能であった。

「人は痙攣発作を起こすと、筋肉が収縮する。締まるような感覚は、快楽を伴う。まぁ、これは苦痛を逃れる為の一種の人間の持つ防御本能だが」

 快楽の度合いは個人差があるが、一度でも快楽を感じてしまうと癖になるのは間違いなかった。
患者は、この倒錯的な快楽にハマり夢中になっていたのだと、チェルーロは考えている。
快楽を感じている人間は、注意力は快楽に注がれているし、周りが見えていないことが多い。
それに興奮しているのだから、尚更だろう。

「では、この者は絞殺でもなく自殺でもなく、事故死だと?」
「あぁ」

 ラルフの問いにチェルーロは、はっきりと返した。
下半身の衣服が前後が逆になっていたのは、最初に見つけた母親が穿かせたのだと想像がつく。
そうした痕跡を取り除き、取り繕ったのは陰部を曝し、そんなことで死亡したことの恥を隠そうとしたのだ。
そう考えると、自然な流れとなり今までの疑問が嘘のようになくなる。

「なるほどな。そんなのじゃ、現場も混乱するな」
「混乱した理由は、他にもある。普通は他殺だと抵抗するから掻きむしったりするし、自殺にしても特有の痕跡がある。だが今回は、抵抗痕がなく自殺の意思があった訳ではないから、判断が難しいだろう」

 チェルーロが気づけたのは、以前にも似たような件を扱っていたからだ。
その時は、警察は介さずに直接チェルーロに依頼をしてであるが。
しかし、検察医にはそうした件を取り扱ったことがなかったのだろう。
チェルーロから見れば、経験不足なのは明らかである。

「どうやって首を締めたか。その理由もわかっただろう。後、この患者の家族をあまり責めるなよ」
「ま、悪気があって隠そうとはしてないことぐらいは理解する。あんまりやってほしくはないがな」

 ジュスティアのため息混じりの呟きを、ベェルノーグは妙に納得してしたようになり、思わずジュスティアの顔を見るのであった。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ