タナトスを暴く者
□Case.01
17ページ/18ページ
才女として気炎を上げていたエミーリアにとって、どうにも納得できなかった。
だから、サーズンクルス病院を辞めて、チェルーロに雇われたのだ。
「俺も医師になるのが、男だろうと女だろうと関係ない。それに、妊娠や出産、女性ならではの症状を考えた時、同じ性別の方がやり易いと思うがな」
そうは言っても、現状は男社会であるし前例がないからどうしようもない。
チェルーロ自身も、今は世間とは距離があるだけに尚更である。
制度を変えようという政治的な動きにも、興味がなかった。
「それはそうと、あの若者を雇うかどうかです」
ワーナが話題を戻すとチェルーロは、ふぅとため息を吐く。
「だからと、無下に扱えなくて困る」
今までなら、死体を見せれば次の日には二度とやってこなくなる。
だが、その手は今回は通用はしない。
相手は同じ教授の下で学んでおり、奇しくも個人的な関わりだけにチェルーロとしても、慎重な態度を取らざるおえなかった。
もっとも、ベェルノーグの方は忘れているかもしれないが。
「ベェルノーグは知らない。タナトスの医師と呼ばれる覚悟をな」
「だから、断ってもいいのではと思います」
「が……そのタナトスの医師も人間だ。優秀な者が熱心にされると、下心だって出るさ」
その一言に、エミーリアは奇妙な表情となる。
こんな冗談を、チェルーロが言うのを初めて知ったのだ。
この男は、死体を恋人と豪語するようになかなかの変わり者で、偏屈だ。
いくら門下の者同士だろうと、彼の性格からすれば遠慮すらなかった。
「まぁ、私はあの子を雇うことにつきまして、これ以上の反対はしません」
「ワーナは?」
「親心の立場で、色々と思いますが。旦那様の判断に従います」
これを受けて、チェルーロの腹も決まった。
元より、答えなど最初から決まっている。
「後は、ベェルノーグ次第となるがな」
そう言うと、苦笑を浮かべるのであった。
そのベェルノーグの姿はアカデミィアから、郊外となる場所にある聖エルネスト修道院に移っていた。
修道院に併設されている礼拝堂で、ベェルノーグはベンチに座り待っていた。
「お待たせしましたね」
ベェルノーグの前に現れたのは、質素な黒染めの修道服に身を包んだ初老の女性。彼女は、アン=ティーソンで修道院の院長を務めている。
「お久しぶりです。アンシスター。あ、今は院長と呼ばなければいけませんね」
「気にしなくてもいいのよ。ベェルノーグ」
アンは微笑み言うと、ベェルノーグも自然と笑んだ。
ベェルノーグにとって、アンは親のようで祖母のような人である。
それはそうだろう。肉親を失い、修道院の保護を受けてベェルノーグは育った。
修道院の裏手には、親のいない孤児たちを保護し養育している孤児院が存在している。