タナトスを暴く者

□Prologue
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 何事かとベェルノーグは首を傾げていたし、アンも不安そうな表情を浮かべている。
すると、一人の若い修道女がアンを目にして慌てて駆けつけてくる。

「た、大変です。アン副院長!」
「どうしたのですか。そんなに慌てふためいて。仮にもここは、修道院ですよ」
「そ……そんなことよりも、大変です。ユ、ユーナさんが!!」

 声を潜めて言うのも忘れて、かなり大きな声で若い修道女が言っていたのだから、当然ベェルノーグにもやり取りが耳に入っていた。
ユーナという名に、ベェルノーグははっとなるとアンや若い修道女を尻目に駆けだす。

(まさか!)

 ユーナはベェルノーグの姉の名前だ。修道院とはいえ、ここも礼拝堂があるし近隣の住民が洗礼から葬儀までを行う。
蔓延した伝染病のせいで、死者を弔う為の葬儀があちらこちらで行われ、埋葬する場所である墓地すら不足する。
国は非常事態として、土葬での埋葬はなく火葬をするよう厳命した。逆らう者は国家反逆罪として捕らえるとすらあった。
それだけ、被害の酷さが窺える。ベェルノーグが見ていた野原で焼かれていた死体も、そんな煽りを受けてである。

「お姉ちゃん!」

 遺体の安置される霊安室の扉を勢いよく開き、中へ飛び込む。
部屋は薄暗く、唯一の光源となるのは天井近くにあるステンドグラスの窓のみだ。
ベェルノーグは、息を切らしながら部屋を目を凝らして見つめる。
遺体を安置する台には棺桶があり、その前にはこちらに背を向けた男が項垂れて座っている。
ベェルノーグは一度、深呼吸をしてグッと拳を握り唇を結ぶと、ゆっくりと棺桶に近づく。

「あ……っ」

 思わず声を漏らしたのは、驚きと安堵の混じった呟きだ。
棺桶で静かに横たわっていたのは、姉のユーナと同じ年頃の女性ではあったものの、ベェルノーグの知る顔ではなかった。

「ああ……良かった。お姉ちゃんじゃなかった」

 安堵して気が緩み、笑いすら出て独り言を言ったが、いきなり横手から胸ぐらを掴まれ床に突き飛ばされた。
尻餅をつき痛みで顔をしかめ、ベェルノーグは顔を上げる。

「何を……」
「今、何て言った。ガキ!」

 怒鳴られ、ビクリとベェルノーグは身体を竦ませる。
相手の年齢は、自分より歳上であるが青年の若者だった。
あまりの迫力に表情を強張らせ、固まっていたがやがてジワリと涙を溢れさせる。
これを目にした若者は、チッと舌打ちをするも。

「なに、ガキに怒りをぶつけている。くそっ!」

 自らの顔を掌で隠し、そんなことをブツブツと言う。
これに涙を浮かべながら、ベェルノーグは謝った。

「ご……ごめんなさい。ユーナという名を聞いててっきりお姉ちゃんが、死んだのかと」
「ユーナ……そうか。お前の姉の名もユーナか」

 聞き返してくるので、ベェルノーグが頷く。


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