タナトスを暴く者

□Case.06
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 タナトスの医師と呼ばれ、周りから忌避されていたチェルーロ=ネクロスであるが、この頃はそれなりに賑やかになったと感じていた。
一つは、助手として雇った医学士ベェルノーグ=ロゼシュタインの存在。もう一つは、検死の依頼が増えたことである。

「少し前まで、検死を頼みにくるなんてあまりなかったのだが」

 秘書であるエミーリアの前で、半ば呆れたように言って苦笑する。
これに、エミーリアが次の見解を言うのだ。

「あら、チェルーロ医師のおやりになっていることの重要性を、ようやく周りが気づいたのだと喜んでましたよ」

 以前までなら、監察医と名乗ってもそもそも医師は生者を治すだけで、後は見向きもしないものだから、怪訝に見られていた。
また、時おり死因の特定で警察が解剖を依頼するだけであり、率先して死者に触れようという物好きがいなかったのもある。
そうした状況を踏まえていたので、エミーリアの言葉を聞いても少し釈然としなかったが。

(ま……多少、依頼が増えてもらわないと色々と困るのは確かだ)

 本音を言えば、依頼が来ない方が好ましい状況であるけれど、それだと自分自身の生活が維持できないので、口にはしていない。
もっとも、それ一本で食べていけるとも言えないが。

「それだけ、遺された者が死者の最後の声を求めているなら、それはそれで報われるというものだな」

 そう言って、フッと笑うのであった。


 アカディミアに通って医学を学ぶベェルノーグは、講義を終えると慌ただしく帰宅の準備を急ぐ。
それを、友人のラファエルが目にして言うのである。

「馬鹿に慌ててるな」
「うん。検死の依頼が重なって入ってて」
「へぇ」

 ラファエルは目を丸くしているが、この所はチェルーロとベェルノーグがやっていることの重要性を、理解している。
先の自殺した者に対する扱いなど、なるほどと感心したのが大きい。

「まぁ、でも無理はするなよな」
「うん、ありがとう」

 ラファエルの言葉に笑みで返して、ベェルノーグはアカディミアを後にする。
その様子を、教授室の窓からルイス=リマが見つめていた。

「この頃は、彼らも忙しいようですね」

 そう言いながら、ルイスは振り返る。
教授室にある椅子に座っていた老齢の教授が、微笑む。
教授は、ブリスラ=モーマギアである。

「そうみたいだね。例の事件で悪辣な手段を用いた犯人の手口を、見破ったのが評判になったようだ」
「はい。その事件は警察関係者だけではなく、医療に関わる我々や世間からも注目が集まりましたからね」

 二人の言う事件とは、ベェルノーグの幼馴染みが巻き込まれたもので、世間では使われた毒草の名を取り、アコニト事件と呼ばれている。
ブリスラやルイスとしても、拮抗作用を使って毒の効果を遅らせるという複雑な手段は、今回で始めて知ったのだ。

「チェルーロの活躍と聞けば喜ばしいが、いち医師からすればとんでもない事件が起きたと思い、少し複雑な気分です」

 ルイスが言うと、ブリスラも頷いた。


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