タナトスを暴く者

□Case.01
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 風がそよぎ、側に立つポプラの枝が揺れてカサカサと音を鳴らしているが、この者にはそうした音が一切、入ってきていない。
音だけではなく、せっかくの天候に恵まれた青空が広がる日和だとか、空を舞う雲雀の鳴き声だとかを気づくことはなく、貪るようにポプラの下で本を読んでいる。
本は手にした一冊だけにとどまらず、彼の隣には分厚い本が幾つも積まれていた。
この者の名は、ベェルノーグ=ロゼンシュタインという若者で、彼がいる所は帝国アカデミィアの庭園だった。

「ふむ……。なるほど」

 本に没頭して一人で頷く。アカデミィアは国が設けた大学機関で、幾つかの学科がある中でベェルノーグは、医学を学び医学士となる。
現在は、医師であり大学教授であるブリスラ=モーマギアの下で、学びを深めていた。
そんなベェルノーグの姿を、別の学科に学んでいる知人の学士が目にして声をかけてくる。

「ベェルノーグ。今日は実習と言ってなかったか?」

 夢中になって本を読んでいたベェルノーグが、はっとなり顔を本から目を離して、その者に振り向く。

「しまった! 今、何時だ」
「えっと……俺の受けていた講義が終わって。大体だが14時を回ったくらいだ」
「いけない! 遅刻する」

 そう言うと、本を閉じて慌てて本の山を手にすると中に入り、小走りに書庫に向かう。途中、それぞれの学部がある棟と繋がる十字廊下で、右側からやって来た者とぶつかる。

「あっ!」

 バサリと音を立て、手にしていた本が床に落ちベェルノーグもよろける。

「すみません!」

 謝りつつも気が急いていたので、相手の顔をろくに見ずに本だけを拾い集め、くるりと踵を返す。

「おい!」

 相手の声が背中越しから飛んできたけれど、急ぐベェルノーグは耳に入らずそのまま立ち去る。
やがて、書庫につきとりあえず片づけるのは後だと思い本を机に置くと、書庫から出てあの十字廊下へ戻る。すでにぶつかった者の姿がなかったのでベェルノーグは、内心ほっとして急いだ。
医学部の棟に入り、実習用の教室に飛び込む。
同じ医学士たちはそれぞれの席に着き雑談していたが、教授のブリスラはまだ姿を見せてなかった。

「ま……間に合った」

 肩で息をしながら、ベェルノーグは空いている席を探していると、彼の姿に気づいた者が手招きする。
それに応じて、空いていた隣の席に座った。

「危なかったな。ベェルノーグ」
「本を読んでいたら、時間を忘れてて」
「ははぁ。いつも思うが熱心だよな」

 隣にいるのは、同じ医学士である。ラファエル=スパイサーだ。
ベェルノーグが席に着いてしばらくして、ブリスラが教室へ入ってきたが彼以外の者も連れていたのである。

「誰だろな?」

 ラファエルが聞いてくるが、ベェルノーグは首を横に振る。


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