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□空に降る雪@
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一面に広がる雪景色のなかで、歌声が響きわたる。

白髪の神父は髪と同じ色の衣の裾を翻し、静かに歩いていた。積もった雪の上に足跡が残る。その腕には幼い子供が一人、抱きかかえられたまま楽しげに歌っていた。
「王子、寒くありませんか?」
尋ねられた子供は神父を見上げ、それからにっこりと笑った。
「ファーザーと一緒だから、温かいです」
ファーザーと呼ばれた神父は微笑んで、子供の艶やかな黒髪をゆっくりと撫でた。子供は嬉しそうに顔をほころばせ、また息を吸って歌い始めた。
「ほーしに ゆーきに きおくに…」
神父は愛おしそうに子供を見つめ、歩く振動が子供に伝わらないようにそっと足を進めた。
二人は教会を出て、帰るべきところ…子供の父親が待っている場所へ向かっている途中だった。子供の母親は妾で数ヶ月前にこの世を去り、残された子は正妻の子として迎え入れられることとなった。
正妻は妾の子供を嫌っていたので受け入れられるか心配だったが、父親が一心に説得したのだろう。今日、正式に子供を迎え入れることになった。

(この子なら新しい母親のもとでもうまく生きていけるだろう…)

それだけを願った。たった一人の、愛しい甥の行く末の、その幸せが神父の願いだ。
ふいに、子供が声をあげた。
「ファーザー、見て見て!ゆきー!」
見上げると、空から白い花弁がチラチラと舞い降りてきた。子供は歓声をあげ、目の前の雪を掴もうと手を伸ばす。しかし握り締めた手を開いても、白い欠片は何一つなかった。
「あれー?消えちゃった…」
不思議そうに自らの手のひらを眺める子供に、フェアクロイツは微笑んで言った。
「雪は人の体温で溶けてしまうのです。…雪が欲しいんですか?」
この子供は雪が好きなことを、神父はよく知っていた。問われた子供はおずおずと神父を見上げた。自身の我が儘に、呆れられていないか、眉を寄せて確かめる。神父が優しい笑みを浮かべていることに安堵し、それからうっすらと頬を染めてはにかんだ。
「うん。雪が降るのは降るのは冬だけでしょ?…春も夏も秋も、ずーっとファーザーと雪がみたいの!」


子供を父親のもとへ連れて行ったあと、周りの制止を振り切って白い花びらをかき集め始めたのは、それから少し後のことだった。





それから十年後…
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