*その他*

□『カナサンドー』@木手亜
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「久し振りですね、亜久津君。」



「あっ…お前……」



瞬間的に思考回路が停止する。



今起こっている事態に、全くついていけない。



電話はまだ繋がってる。



だが今の声は、確かに目の前にいる人物から聞こえてきた。



俺はベンチから立ち上がり、相手の前に立つ。



「…本物、なのか……」



「勿論です。正真正銘、俺はあなたの恋人の木手永四郎ですよ。」



「あ…っ……」



あなたの恋人…



その言葉を聞いた瞬間、今まで堪えていたものが
一気に溢れ出しそうになる。



「…亜久津君?」



「っせぇよ…何が恋人だ…連絡も、殆どしてこなかったくせに……」



普段の癖で、つい強がった事を言ってしまう。



俺の言葉を聞いた木手は、多少戸惑った様子で、
俺の頭を優しく撫でてきた。



「すみません…ただ、どうしても受かりたい
高校があったんです…あなたの為に。」



「…俺の、為…?」



どういう事か分からなかった。



俺の為に受かりたい高校?



高校なんて、自分の為だろ。



第一それなら、どうしてこいつは、此処に…





「俺の入試は、1週間と1日前に終わりましたよ。」



相手が俺の心を読んだかのように言う。



1週間と、1日前…て事は…



「…合格発表は、昨日……」



「はい、その通りです。結果を見て、その足でこっちに来たんです…
直接会って、あなたに結果を伝えたかったので。」



そういって、木手は俺に一枚の紙を差し出してきた。



俺はその紙に目を向ける。



「合格通知……っ…!?」



そこには合格通知の文字と一緒に、
俺が入学するのと同じ高校の名前が書いてあった。



「驚きましたか?だから、あなたの為と言ったんです。
アメリカの学校なだけあって、英語には苦労させられましたがね。」



嬉しそうに微笑みながら話す相手。



「木手、お前…そこまでして、どうして……」



分からなかった。



そこまでして、どうして俺と同じ高校に通おうと思ったのか…



俺の頭では、理解不能だ。



すると相手は、さっきまでとは違う落ち着いた表情になり、
ゆっくりと口を開いた。





「…あなたと一緒にいるためですよ、亜久津君。」



「…えっ?」



再び思考が停止する。



今の言葉…俺の聞き間違えか?



それとも、ただの自惚れか?



「俺と、一緒に…だと…?」



「えぇ…普通に日本で高校に通ったら、あなたに会えるのは
年に数回になってしまう…そんなの、俺は耐えられませんからね。」



そう言って、恥ずかしそうに苦笑する。



しかし、すぐに普段の様子に戻り、
近付いてきたかと思えば、抱き締められた。



「なっ……」



「ずっとこうしたかった…毎日毎日、あなたの事だけを考えて…
あなたの傍に行きたい一心で、必死に勉強したんです…
そしてやっと、こうして願いが叶った……」



木手は俺の顎を掴み、自分の方に向かせる。



その目は真剣そのもので、俺は不覚にも
相手の表情にドキッとしてしまった。



「もう、離しません…ここ数ヶ月、あなたに辛い想いを
させてしまった分、これからはあなたを幸せにします…だから…」



「っ…だから、なんだよ…」



「…だから、亜久津君…俺と、一緒になってくれますか?」



そう言ってポケットから小さな袋を取り出し、中のリングを手に取る。





「それは…」



「安物ですがね…あなたに似合うと思って買いました。」



木手は俺の左手を取り、薬指にそのリングをはめていく。



「亜久津君…いえ、仁…形だけにはなりますが…
将来、俺と結婚してくれますか?」



「っ…木手……」



予想外の展開だった。



まさか、木手にプロポーズされるなんて…





「受けて、くれますか…?」



優しい笑顔で俺を見つめてくる。



こっちは嬉しさと恥ずかしさで、気絶寸前だっつーのに…。



「…馬鹿じゃねぇの、お前…」



「えっ…?」



困惑したような様子の木手。



そんな相手に俺はぎゅっと抱き付き、
恥ずかしさを振り切って口を開いた。



「そういう大事な事は、もっと早く言えよな…
お前にずっと会えなくて、1人で勝手にストレス溜めて…
それで喧嘩ばっかしてたなんて、俺が馬鹿みたいじゃねぇか…」



声が震える。



色々な感情が入り混じって、泣きそうになる。



いつからだ…俺が、こんなにも弱くなったのは…



「仕方ねぇから、受けてやるよ…ただし、心変わり
なんかしやがったら、許さねぇからな…」



「仁っ……」



俺の言葉に、木手は心底嬉しそうにし、強く抱き締め返してきた。





「ありがとう…実は、少し不安だったんです…
断られるんではないかと…でも、良かった…」



「けっ…おい、もう良いだろ…離せよ…」



本当はまだこのままでいたかったが、これ以上は俺の心臓が保たない。



だが、離れようと相手の体を押しても、向こうは離れようとしなかった。



「おい、木手…」



「もう少し…もう少しだけ、このままでいさせて下さい…
まだ、あなたを感じていたい…」



木手はそう言って、自分の額と俺の額を合わせてきた。



顔と顔の間は僅か2p…お互いの吐息が掛かる距離。



破裂しそうなくらい心臓の鼓動が高鳴る。



自分の顔が真っ赤になるのも、よく分かった。



チラリと相手に目を向けると、向こうもこっちを見ていたらしく、
目が合ってしまった。



「っ…//」



素早く視線を逸らす。



今の木手の表情…反則だ。



滅多に恥ずかしがる事のない相手の頬が、多少赤く染まっていた。





「仁……」



急に名前を呼ばれる。



「…なんだ…っ…!?」



ゆっくりと相手に視線を戻し、喋ろうと口を開いた瞬間、
相手の唇が俺の唇に触れる。



一瞬驚いたが、俺はすぐにそれを受け入れ、軽く瞼を閉じた。



久し振りの感触…ずっと感じたかった、唯一の感覚…



溶けそうなくらい、身体が熱くなる。



数秒たって唇が離れると、俺達は再びお互いの額を合わせた。



そして木手が、俺に聞こえるだけの声で、そっと囁く。




「ワンヤ、ウンジュヲカナサンドー…」




それだけ言って、またお互いの唇が重ねられる。



琉球方言…関東に来たときに、恥ずかしがる俺の為に
木手が愛用していた言葉。



本土の人間では分からない…俺が最も聞き慣れていて、
最も聞きたかった言葉…



嬉しくて、嬉しくて…無意識に、俺の頬を涙がひとしずく伝う。




『ワンヤウンジュヲ、カナサンドー』




依存し合う、俺達の為の言葉。



パートナーへの、最大の思いやり…












『私は貴方を、愛しています…』
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