*BLEACH*

□『馬鹿が風邪を引いた日』@マユ剣
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「更木……」



囁くように奴の名前を呟き、そっと頭を撫でてやる。



さっきは気がつかなかったが、落ち着いてよく見ると、
相手の体がほんの少し震えているのが分かった。



恐らく、経験した事もない高熱に侵され、
どうしていいかも分からずに、怯えているのだろう。



「安心したまえヨ…私が傍に居る、お前の隣に…」



「マユリ……」



私の言葉を聞いて、先程まで不安気だった
更木の表情が、安堵へと変わっていく。



そして、小さくコクンと頷き、私の手を握ってきた。




(まったく…どうしてこの男は、私の前だとこんなに弱いんだろうネ…)



私はしっかりと相手の手を握り返し、大丈夫だと言うように微笑む。



いや…実際には、微笑んでいるつもりなだけだが…




私は、笑顔の作り方を知らない…ましてや
微笑みなど、どうやったら良いかも分からない。



そのため顔には出ないが、更木はそんな私の心をちゃんと分かってくれる。




「あっ……お前のそんな顔、久しぶりに見た…」



「ふん…お前の前でだけだヨ…」



「…あぁ、分かってる…」



奴はふわりと微笑み、再びコクンと頷いて、握り合っているのとは
反対の手を此方に伸ばしてくる。



そして、恥ずかしそうに頬を染めながら、ゆっくりと口を開いた。



「なぁ、マユリ……キス…しろよ…//」



正直驚いた。



普段滅多に甘えてくる事のない更木が、キスを求めてくるなんて…
熱を出した事で、よっぽど不安を感じていたのだろう。



まったく…本当に、どうしようもなく可愛い男だ。



私はクスッと笑い、握り合っていない方の手で相手の唇に触れた。




「なっ…//」



「更木…それは、私に対しての命令かネ?」



「えっ…//?」



「命令なら、悪いが聞くつもりはないヨ。」



すぐにキスしてやっても良かったのだが、なんとなく
イジメてやりたくなり、わざと命令かと聞いてみた。



更木のような奴は、お願いだと言うのをプライド的に嫌う傾向がある。



奴はこんな状況でもプライドを守るのか…
少し、試してみたかったのだ。



「っ…それは…//」



「どうなんだネ?ハッキリしないのなら、私は帰るヨ。」



そう言って、立ち上がる素振りを見せる。



すると、更木は慌てて私の服の裾を掴んできた。



「待てっ…分かった、言う!…言うから…行くなよ…」



今にも泣き出しそうな声。



その声にゾクリとしつつ、もう一度元の通りに座り直す。



「…で、どうなんだネ?」



「別に……命令じゃ、ねぇ…」



「ほぅ…なら、いったいなんだネ?」



「っ…テメェ……」



グッと唇を噛み締めて此方を睨む相手。



もっとイジメてやりたいところだが…一応相手は病人、
これくらいで勘弁してやるとしよう。




「ククッ…冗談だヨ。ほら、希望に答えてやるから、おとなしくしたまえヨ。」



「なっ…んぅ…//」



相手の両腕を押さえつけ、反論を聞く前に口を塞ぐ。



勿論、自らの唇で。



「っ…ふぅ…んっ…//」



暫く唇を合わせていると、苦しくなってきたのか、眉間に皺を寄せる更木。



(相変わらず弱いネ…)



更にそのまま口を塞いでいると、今度は使えない
両手の代わりに、足をバタつかせ始めた。



表情を見る限り、相当苦しいらしい。



いい加減離してやらないと窒息させてしまいそうなので、
名残惜しいが唇を離す。



「ッ…ハァッ…ハァ…//」



「これで満足かネ、更木。」



「テメ、バカ野郎っ…いきなり、あんな長くする奴があるかっ…//」



苦しさのあまり潤んだ瞳で此方を軽く睨み付け、
荒く呼吸をしながら文句を言ってくる。



「あれをしろ、これはするなと煩いネ…
私はお前の希望に答えてやっただけじゃないか。」



「限度ってもんがあんだろっ…それに…あんな長々キスして、
お前に風邪がうつったらどうすんだよ…」



奴は不安そうな表情で私の心配をする。



「…はぁ……まったく、相変わらずだネ、お前は…」





この男は、昔と変わらない。



「言っておくがネ、今はお前の方が病人なんだヨ…」



昔から、自分の事よりも、他人の心配を優先する。



「だというのに…お前はいつも、他人の事ばかり心配して…」



自分の方が重傷を負っていたりしても、自分は大丈夫だ、などと言って。



「少しは、自分の体も労りたまえヨ…」



そのたびに、私の奴への心配は募る。



「…マユリ…急に、どうしたんだよ…?」



いつか、大丈夫だと言ったまま、奴が何処かへいなくなって
しまうんじゃないかと、恐ろしい考えばかり頭に浮かんでしまう。



「っ……」



全く自覚していない、この男。



私は奴の胸倉を掴んで、自分の方へと引き寄せる。



「お前は…いったいこれまで、私がどれほどお前の
心配をしてきたと思っているんだネ…!!」



急な事態に対応しきれない様子の相手。



それでも構わず、私は言葉を続ける。



「昔から戦い好きで、会えばいつも傷だらけ…それなのに、
自分よりも他人の心配を優先する…そんなお前が、
いつか私の前からいなくなってしまうんじゃないか…
何処かに消えてしまうんじゃないかと…
考えたくもない事を、何度考えたとっ…!!」




苦しかった…



何故自分の思いは、相手に伝わらないのか…



届かないのか…



こんなに大切で、愛しているのに…




そう思った瞬間、頬を涙が伝った。



「マユリ……」



「っ…わた、しは…お前が、大切で…誰よりも、必要でっ…」



次から次へと涙が溢れ出し、喋るのも困難になる。



言いたい事はまだまだある…しかし、上手く言葉にならない。



それでも、必死で想いを声にする。



「お前は、私に…ック…自分を、置いて…行くな、と…
ヒクッ…なのに、お前が…私を、置いて…」



お前が私を置いて行くのか、と言おうとした瞬間、
奴が起き上がり、包むように抱き締めてきた。



「馬鹿野郎、泣くんじゃねぇ…心配しなくても、
俺がお前を置いて何処かに行くわけねぇだろ…
俺だって、お前がいなきゃ生きていけねぇんだ…」



奴の言葉に、酷く安心した。



そして、抱き締められた温もりが、奴の存在を確定的なものにする。



生きている…奴は…今、ここにいる…



「っ…馬鹿は、お前だヨ…この、大馬鹿者…」



それだけ言って、私は奴を抱きしめ返す。



「好きだ、マユリ……」



奴に耳元で囁かれる。



あぁ…やはり私は、この男には弱い。



好きだと言われるだけで、これまでの不安が簡単に消えていく。



きっと私は、この男がいなければ何をする事も出来ない…



だが、恐らく奴も、私がいなければ何も出来ないだろう。



それだけお互いに、依存し合っている。






私達はそれぞれ顔を上げ、お互いの目を見つめ合う。



そして、想いを確かめ合うように、再び口付けた……
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