長篇小説

□君が涙する理由を僕は知らない
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あまり甘えなくなったのかな、と思っていたら、また最近スキンシップが激しくなってきた知念。

この感じ、元気がない時に出る兆候のような気がしている。

ゴロゴロと、猫みたいに喉を鳴らしてはくれないが、くっついて甘えてる時は少し安心したような満足気な表情になる。


甘えてくれるのは嬉しい。俺に甘える事で少しは気が休まるのならどんどん甘えて欲しい。

それでも知念がどうして元気がないのか俺はわからない。こんなに近くにいるくせに、わかってやれてないふがいなさも感じる。


何か不安な事があるのかもしれないし、ただ疲れてるだけかもしれない。
知念はいつもそんな所を見せないから、余計に疲れが溜まるんじゃないかと思う。



「女の子からキャーキャー言われてお金貰えるなんていいよな」

なんて、だいぶ前に人から言われた事があったけど、俺たちの仕事はただテレビで歌ったり踊ったりするだけじゃない。丸1日オフの日なんてたまにしかないし、顔も名前も公開して、プライベートの全てを犠牲にする事が前提だ。慣れもするけど思われてるほど容易くはない。


どこへ行っても追いかけられ、見張られ、携帯で写真を撮られる。ネットに公開される。時には一方的に見知らぬ人から言葉で攻撃され、それに対して抵抗する事すら許されない。

ずっと、四六時中そんな感じ。そしてそれから解放される事はこの先仕事をしている限りはない。


逃げ場がない閉塞感。



来週のスケジュールには、めったにない2連休がある。

「温泉行こうか」

俺が誘うと「・・・2人で? 」と知念が聞いてくる。
俺はいつも「みんなで行こう」って誘っていた。その方が自然だし、誘いやすいから。
だけど、少し元気のない彼を見て今日は「2人で行こうか」と誘ってみた。
人数が多いと楽しいけどゆっくりは出来ないし、メンバーだったら尚更、人数が多い程目立ってしまう。



「行ってもいいよ」

俺にもたれたままの知念がそう言った。

「うん、じゃあ行こうな」



もし、誰にも気づかれずに2人でゆっくり旅行できたら、少しは気が晴れるだろう。

自分たちの事を知ってる人が一人もいないところで、のんびりできたら、と思うけど、さすがに海外は俺も自信もないし知念も気が重いだろう。

電車で行けて、人の少ない温泉地を探そうか。

帰りに本屋に寄って、一緒に旅行のガイドブックでも買おう。


自然の多い静かな場所を想像しながら、肩にもたれかかっている知念の頭を無意識に撫でた。






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