散文

□ピエタ
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馬鹿みたいに鳴いてた蝉の声も何時の間にか聴こえなくなった。

空を見上げて寝そべった、木陰のベンチ。

夏も終わりかけてるのに暑くて、じっとしてると額から髪の毛を伝って汗が流れる。

頭のすぐ横に腰掛けていた涼介が、僕の唇にピノを押し付けて、口の中にひんやりと滑り落ちた甘いチョコレート。

「またハートなかった」と言いながら、涼介は箱を潰して立ち上がる。

ふわふわと、陽に透けた涼介の、茶色の髪の毛。

触れたくて思わず手を延ばしたら、気づいた涼介が僕の手をとって引っ張り起こしてくれた。

「そろそろ戻るか」

僕を起こした涼介の手はもう僕から離れている。

自分の手のひらを、僕はゆっくり指で撫でるように握った。

そこにはもう涼介の温もりはなくて、ただ自分の体温だけが残されている。

なぜかすごく寂しくて、泣きたいような感情が僕の呼吸をフルフルと押し上げる。


歩き出す涼介に続いて、そっと触れた肩と肩。

そして少しだけ、涼介の後ろを歩く。

少しはねた襟足。

気に入って最近よく着てるTシャツ。

デニムの裾はちょっと擦り切れてるね。


「りょーすけが大好きだ」

唐突にそう言ったら、涼介はちょっと僕の顔を見て、「ばぁか」と笑う。

僕も笑う。



時に僕は、声帯を切られた犬のように、声もなく、見えない涙をこぼす。

冗談を言っておどけては、笑い転げ、はしゃぎながら。

唇だけが少し歪に震えて、自分さえ聞こえもしない声で許してと呟いた。

言葉は音もなく、空気に溶けて消える。

『ユ ル シ テ』


どうか、このまま

涼介のそばにいることを。





『ピエタ』
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