散文

□もう僕は。
1ページ/1ページ




薮くんに名前を呼ばれて振り返る。

歩き出したら、

「だめ、こっちおいで」

と、涼介にグッと腕を掴まれた。


なんだかすごく真剣な顔。

「どうしたの?」って訊いたら、ちょっとため息をついて、涼介は僕の頭をくしゃっとした。


「薮くんが呼んでるんだけど」

「だめ」

「でも・・・」

「用事があるなら向こうから来るだろ」

そう言って僕の顔に触れる。

まっすぐ僕を見るその目はきれいで優しくて

僕は至近距離で、思わずその表情に見とれてしまうけど、

薮くんがこっち見てるんだっけ、と思ったら急に恥ずかしくなってしまった。



「誤解されちゃうよ」

僕がそう言ったら、

「誤解なの?」

と訊いてくる。

僕は、つい涼介から目を逸らす。



いつもと違って、変だよ涼介。

《誤解なの・・・?》

誤解、だよね?


涼介は、黙って僕の髪を撫でる。

それから僕の頬を手で包んで、ゆっくり唇が近づいて、

思わず僕はギュッと、固く目を閉じた。


耳に息がかかって、涼介の囁く声。

「誤解じゃなくする」


目を開けたら、涼介が微笑んで、そして僕を抱きしめた。


どうしよ・・・


もう、「冗談だよ」なんて言ったって知らないからね。

本気にしちゃうからね。


僕は涼介の背中に手を回して、ぎゅっとしがみつく。

ドキドキしてた。



もう、誰に呼ばれても

聴こえないよ。

 


2012.8.16

.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ