短編小説

□はぶらし
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久々に泊まった山田の家の洗面所で、いつもと違う歯ブラシを見て知念が戸惑った声を出す。

「あれ?歯ブラシ変わった?」

ステンレスのシンプルなカップに並んだ2本の歯ブラシは、ひとつは山田の物で、もうひとつはいつも泊まりに来る知念のために用意されたものだった。

「あ、わりぃ。こっちがお前のな」

と、薄いピンクの細い柄のついた歯ブラシをカップからひょいと取って山田は手渡した。

「まだそんなに傷んでなかったのに」と知念が言うと、「いいの、俺が替えたかったから」と山田は言って自分も歯磨きをしはじめる。

毎日使う山田の歯ブラシは傷んでも、たまにしか来ない知念の歯ブラシはそんなに傷まない。それでも新しく歯ブラシを買う時に、ついでに自分の歯ブラシを替えてくれたことに、知念はニコニコと笑って「ありがと」と山田の背中に体重を預けるようにくっついた。

「なんだよお前」

照れたように山田が笑う。


山田の家の洗面所には、おそろいの歯ブラシがいつも並ぶ。それを毎朝、それから夜も、必ず山田は目にするのだ。その度に自分の事をほんの少しでも思い出すのだろうかと思うと、知念の頬には自然と笑みが溢れた。


「もっと使ってやれよ、それ」

口をすすぎながら、まだ歯磨きをしてる知念に向かって山田はそう言い、知念は「ん?」と歯ブラシをくわえたまま首を傾げてみせた。

「いや、別に・・・」

と言いながら、さっさと服を脱いで山田はバスルームへ移動してしまう。
その後ろ姿を見送りながら、知念はまたニコニコと頬が緩んだ。

「もっと泊まりに来てもいいの?」と、知念はひとり小さく呟いて、カップの中にまた自分の歯ブラシを戻した。


仲良く並んだ2本の歯ブラシ。他にも自分のものはいくつこの家にあるだろうか、それから山田のものは、いくつ自分の部屋にあるだろうかと思い出す。

これから先、何度新しい歯ブラシを手渡してもらえるだろう、とそんな事を思いながらカップの中の歯ブラシをツンと指ではじくと、ふたつの歯ブラシの先は、寄り添うようにくっついた。



「はぶらし」おわり

2012.5.16


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