短編小説

□ほんとはね
1ページ/1ページ




「その話やめて」

仕事からの帰り道、楽しく話してたはずなのに、涼介が急に怒ったみたいに低い声を出す。

「何が?」 と、僕が訊いてもムスッとした顔でスタスタ歩き出すから、僕もあわてて追いかけた。

たまにだけど、こういう事が今までにも何度かある。原因はいつもよくわからないまま、多分僕が涼介を怒らすような事言っちゃったのかなって思う。でも今だって、ドラマの撮影の時の話とか、本当に何でもない普通の会話をしてたはずなのに。

「何怒ってんの」

「わかれよ」

「わかるわけないじゃん」

これ以上しつこく聞いたら余計怒らせちゃうかな。いつもはここでセーブして、何となく翌日仲直り。
でも、何が気に障ったのかわかんないままだったらまた繰り返すだけだもん。知りたいよ、涼介が何で怒ってるのか。

僕が立ち止まって動かなかったら、涼介も少し先で立ち止まって振り返る。

それから小さくため息をつくと僕の所までわざわざ戻って来て、「ごめん」って言った。
そんな簡単に謝られたら、どうしていいかわかんなくなる。だって本当はきっと僕の方が余計な事言っちゃったんだ。それでも、やっぱり・・・

「涼介がなんで怒ってんのかわかんない」

「うん」

「教えてくれなきゃ何回も怒らせるじゃん」


涼介がもう一度「ごめん」と言って、「つまんない事だよ」と続ける。

「ああ心狭すぎ。ダメだな俺は」

僕の頭をポンと軽く叩いてそう言った顔は、もういつもの優しい涼介の顔で、ピリっとした心が少しホッと緩んだ。そのまま、理由を言ってくれるのを待って、僕はただじっと黙って涼介を見つめる。涼介も僕を見つめ返す。

変なの、見つめあっちゃって。でもここで目を逸らしたら答えが聞けない気がして、僕は涼介を見つめ続けた。

そしたら涼介がついに目を逸らして、つぶやくように言った。

「お前が山下君の話すんの、聞きたくない」


意味がわからなくて、僕は「は?」と思わず聞き返す。

「嫌なんだよ」

嫌って言われても。
何が?

「意味わかんないんですけど・・・」

「俺だってわかんねえよ」

全然意味わかんない。

別にたいした事話してないし、だいたい山下君は僕にとっても先輩だけど、涼介にとっても先輩だし。先輩の話くらいするじゃん。さっきだってドラマの時の話、山下君がかっこよかったよね、なんて話してただけなのに、一体それの何が嫌なわけ。

本当、意味分かんない。



「妬いてるの?」

冗談で訊いたら、涼介はぷいっとそっぽ向いて「知らねえよ」ってまた先を歩き出した。

涼介、耳たぶが赤くなってる。

「え、本当に妬いてんの?なんで?」

歩き出した涼介を追いかけてしつこく訊いた。「ねぇ、なんでなんで」って。だって僕もちょっと照れちゃって、照れ隠しに意地悪かな。

そしたら少しため息をついて涼介は立ち止まって振り返ると、僕の肩をグイッと引き寄せた。

思わず僕が狼狽えて、じたばたするのも無視して、強く抱かれる。人通りがないとはいえこんな路上で、さすがに僕、ちょっと恥ずかしいんだけど。

「妬いてるよ、悪いかよ」

と、涼介が僕を抱きしめたまま言った。

「なんで妬くの」

「言わせんな」

「だってさ、涼介だって大ちゃんとか圭人とか、僕に他の人の話いっぱいするじゃん」

「山下君とか、大野君はそれとは違うだろ」

「どうちがうのかわかんない」

「だって、お前いっつも大野君が好きとか俺に言うじゃん」

「大野君大好きだもん。山下君だってカッコいいし好きだよ」

好きな事を好きって言って何が駄目なんだろう。涼介だって光一君とか好きでしょ?毎日これだけ一緒にいるんだから、お互い好きな人の話くらいするよね。

「好きな人や大切な人は俺だってたくさんいるけど」

「うん」

「お前だけは違うから」

「どう違うの」

どう違うのって、自分で聞いておきながら僕は少し緊張する。涼介にとって光一君とか、大ちゃんとか圭人とか、他の人とどう違うの?聞きたいけど、ハッキリ言われるのが少し怖くて思わず下唇をぎゅっと噛んでいた。


「俺より大事かどうか」

涼介の声が、耳元で言われてるのに、胸の奥にぎゅっと詰め込まれるみたいに響いて苦しい。

「俺より大事なのは知念だけだよ」

「困る・・・」

「嫌なの?」

「自分より大事になんかしちゃだめだよ」

「でも大事」

僕はさ、僕だって・・・

「山下君とか大野君がどんなにカッコ良くたって、いつでも僕のそばにいるのは涼介じゃん。それじゃダメなの?」

「山下君より俺の事が好きって言って」

「・・・知らないそんなの」

「言えよ。言わないなら今後も俺の前で山下君の話するのは禁止」

「バッカじゃない」

「バカで悪いか」

なんでヤキモチなんか妬くのかな。こんなにいつも一緒にいるのに。

「可愛い、涼介」

「うるせえお前、ごまかすなよ」

「へへ」


再び歩き出した涼介の肩に少し触れながら僕も歩く。いつも、こうして涼介の左肩を感じて来た。僕の一番いごこちのいい場所。

この先もずっと、僕はここにいてもいい?


「10年後も一緒にいたいな」

僕が言うと、「当たり前だろ」って涼介は言って「20年後も、30年後もその先ずっとな」と、僕に言い聞かせるみたいに続けた。

「おじいちゃんになっても?」

「そうだな。ずっとさ、こうやって並んで散歩したりして」

「そしたら、ちっちゃいおじいちゃんズってユニット組むしかないね」

「バカ」


おじいちゃんになっても一緒に映画に行ってくれる?

ドライブにも連れてってね。それまでには免許も取ってね。
涼介おじいちゃんはどんなかな。おじいちゃんになってもかっこいいんだろうな。それとも案外・・・

大丈夫。もし涼介がハゲたって、お腹が出てたって、僕だけは「かっこいい」って言ってあげるからね。

ずっと2人は一緒。
なんだか心強いな。

涼介とずっと、本当にずっと一緒にいられたら嬉しいな。


沈みかけた太陽が、ビルの隙間に溶けて広がって、涼介の柔らかい髪の毛をキラキラと赤く照らすのを、僕は眩しく見つめた。


ねえ涼介、一度しか言わないからね、絶対聞き返したりしないでね。あと、出来たらこっち見ないで、あっち向いてて。それから、えーと・・・


「あのね」

僕が言うと、涼介が「ん?」と顔を覗き込むようにして僕を見た。


「涼介の事が、世界一好きだよ」





【ほんとはね】おわり


.2012.4.25

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ