短編小説

□ちょうどいい
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マネージャーと話し中の山田の背後から知念がぎゅっと抱きついて来る。山田は話をしながらも当たり前のようにその腕をひょいと取り、自分の胸のほうに彼を持ってくると、ポンポンと頭を軽くたたいてその相手をする。マネージャーが去ると、抱きついたままじゃれてた知念をぎゅっと抱きしめた。

知念がじゃれついてくる時は、こうして甘えたい時だと心得てるから、山田は当たり前のようにそれに応える。何も知らない他のグループのメンバーやタレントが見たら、この光景はきっと驚くだろうが、気のしれた現場だからこそこうして知念も気兼ねなく甘えられるのだろう。

最初は何も言わずとも半ば呆れ気味にしていた八乙女も、すでに見慣れた光景に特に何とも思わなくなっていた。元々知念のおかげでスキンシップには欧米人並に慣れている。他の人にはさすがにしないが、知念が今よりもまだ幼さが目立つ年頃から見ているので、未だ彼の事を子供のように思っている節が多少なりとも彼らにはある。

山田が何も言わずにしばらくそうやって知念を抱きしめながらぼんやりしてると、満足したように知念はその腕からすり抜けて、いつも通りに用意された衣装に着替えた。

涼介の腕の中は、繭みたいだ。と知念は思う。温かくて安らぐ。そこにスッポリ包まれていたら何も怖くない、そんな安心感があった。

「涼介は気持ちいい」と言うと、山田は「何だよそれ」と笑う。

気持ちいい形、気持ちいい温度、何もかもが居心地いいのだが、なぜかと言われたら説明が出来ない。だけど他の誰に抱きしめられても、たとえ母の腕であってもそんな気分は味わえないと知念は思った。

繭のように、胎内のように、温かく気持ちいいのは涼介の腕の中だけだ。

「ちょうどいい」と、知念は独りごちてまたその腕の中に戻る。進行表を見ていた山田はそんな知念の背を抱いて、その頭の中に唇を埋めた。

2人はひとつになって、何も言わなくてもいつまでもそうしていられた。まるで母胎の中で別々にされて生まれてきてしまった双子の片割れのように、お互いがあって自分がある。密着していると、身体のどこが自分でどこが相手なのかわからなくなるくらいに魂が混ざり合うような気がした。

腕に包まれたまま、知念はウトウトし始める。そして山田もまた、知念の身体を抱いてその暖かい体温を感じ、ウトウトする。

春の日の、穏やかな週末。ふたりはひとつの物体のようになって、静かな寝息をたてた。



「ちょうどいい」おわり

.2012.4.19

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