長篇小説

□U Smile
1ページ/30ページ




撮影が終わり、ジャケットを羽織って「あっ」と、気づく。
カバンの裏に置いて忘れていた、紙袋は、共演者に渡そうと持って来た、ツアー先のお土産だ。

ついさっき挨拶を済ませて来たばかりだし、何と無く渡しに行き難い。明日でもいいか、と一旦は思い、でもこういうのはタイミングだよなと思い直す。

全国ツアーとドラマが同時期に組まれていたので、予めドラマの撮影進行も山田のスケジュールを考慮して調整されていた。

共演者やスタッフに極力迷惑をかけまいと、台本はツアー先にも持って行き、寝る間も惜しんで台詞を覚えた。

集中して撮影に挑んでいたのでほとんどNGも出していない。その甲斐あってかドラマの進行は今のところスムーズに進んでいる。

共演している役者さんから、「よく頑張ってるよ」「今日すごく良かったよ」なんて褒めてもらえて、このドラマに出られて本当に良かったなと思っていた。


袋を手に取って再び楽屋を訪ねると、ドアの向こうでさすがは役者さんらしい張りのある声と、賑やかに盛り上がる声が聞こえてくる。
どうやら他の共演者かスタッフ達と何か話しているらしい。


ノックをしようとした瞬間、

「ま、彼はアイドルさんだから仕方ないよ」

よく通る声で皮肉めいたコミカルな言い方に、軽蔑を含んだような笑いがおこった。

瞬時に足が床からチリチリと凍るように竦み、喉から肺を冷たい何かがゆっくりと通り抜けた。

ドアの前でふうっと静かに深呼吸をして、そのままUターンする。

息が苦しい。心臓が変に速く鳴る。


大丈夫。こんな事はよくある事だ。だいたい・・・何も間違った事は言われてない。

そして、
自分も何も間違ってはいない。





.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ