長篇小説

□君が涙する理由を僕は知らない
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強がる彼も、弱い彼も、どちらも同じようにあの小さな身体の中に同居していて、時に俺を困惑させる。

笑っていいのか、真剣に受け止めなくちゃいけないか、間違えないようにさりげなくそっと支えてやれたらいいのにと、そう思ってもまだ所詮青くて幼い俺はぎこちなく狼狽するんだ。

知念はそんな俺を見つけては、何も言わずにぎゅっと抱きついてくる。俺はそれをやはり何も言わずに抱きしめる。いつも微熱を帯びたように熱い彼の体温を吸い取るように、ぴったりと密着させた胸。

最初はそれすらも困惑していた。
何があったの?つらいのか?悩みを聞かせてよ。

そんな風に聞いても知念は答えない。 俺もいつしかむやみに聞かずに、ただ受け止めて、吐き出したい時には言えばいいと待つ事にした。でもそれが正解かどうかは未だよくわからない。


誰かを抱きしめる。

日常的にそういう行為はあるだろうか。
恋人に、小さな子供にはあるだろう。少なくとも俺はこんな風に無邪気に人に抱きついて来る人間を他に知らない。
それでも、語り合うよりも彼の事をより知る事が出来る。そんな気がする。

彼はスキンシップに慣れてるわけでもない。時に抱きついて来るその身体が不安気に強張ってる事もある。拒絶されるのを恐れて少し様子を見て距離を置いて、こちらが気を緩めた隙にそっと寄り添う。まるで猫のように。

俺は、人懐こくて忠実で、その愛情が手に取るようにわかりやすい犬のようなタイプが好きな筈なのに、一手先が読めないこのしなやかな猫の事がどうやら好きみたいだ。

笑うと歯がまだ尖ってる。まるで子供みたいに。

「大人になりたくないって強い気持ちが身体に影響するんだ」

いつか、誰かが言っていた。


大人になる事への不安なんかないと彼は言うし、いくつになっても自分は自分だと胸を張るだろう。それでも大人になる事を拒み、恐れを抱いている部分が多少なりと見え隠れる。
勿論、それは当たり前の事だ。俺だってある。
事務所に入った頃、18歳ってもっと大人だと思ってた。今思えば薮君や光君が18歳だった頃、彼らに随分甘えてた気がする。
でもいざ18歳になってみると、誰もが8歳や11歳や14歳の頃の自分と地続きになっているように、まるで別人のように大人になるわけじゃない。まだまだ子供だなと思う。

子供でありたいと思う部分と、大人にならなきゃいけないという部分がせめぎあう。

知念はそれが、人一倍敏感なんじゃないだろうか。

甘えたい。
まだ甘えてもいい?
大きくなりたい
でも、このままでいたい。

俺はずっと甘えてくれたらいいと思う。ずっと変わらずに、猫のように擦り寄って、その微熱を感じさせて欲しい。でもそれを口にすると、多分知念はまたプレッシャーを感じるんだ。

知念が大人になったって、俺より背が高くなったって、甘えたっていいんだよ。

年齢より子供っぽく振る舞うのは、愛されたいからだ。

そしてそんな彼がいじらしくて、また愛してしまうんだ。

ねえ、背中を丸めちゃって今日はどうしたの?
ぼんやり黙ってる知念がそっと凭れてきて、俺は何も言わずにそのままにした。




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